2005年10月01日

「死生の境」その1

[1] 入潮 2005/10/01(Sat)-21:31 (No.81)

文書館の話も全然終わってないのですが。いや、あそこの濃さは、いちいち突っ込んでいると、終わらせることなんて端からできませんが。
とりあえず、一つ抱腹史料があったので、先にこちらをご紹介します。

「死生の境」博文館、田中蔓逸 著

もともと報知新聞で連載されていたものを、収録したもの。

「本編の目的は士道の鼓吹にあり、士気の振興にあり」として、「わが先進諸公が剣火の間に馳駆したる、勇壮なる歴史の一端を叙述するに止まりしかど、往々隠れたる史料、而も生きたる史蹟を聴聞する有り、因って中途よりして、此両者を目的として禿筆を呵せり」

というので、列伝風のものかと思いきや。何と当人の談話集でした。それまでのいわゆる歴史に出てきてない史料、史話。
出版は明治42年。かろうじて同時代文書。新聞連載物でエンターテイメント性が高いものなので、眉唾もあるべしと思う。ただ、少なくとも本人が生きている間に出版されたものという点で、大筋に差異はなく、史料性は高いと見ていいと思う。

大鳥のほか、谷干城、林董、渋沢栄一、前島密など、顔ぶれもなかなか面白い。

というわけで、圭介爺さんの談話ですが。
強烈だった。圭介、ノリノリだった。田中さんの尋ね方がよかったのか、このテの話好きなのか、圭介、調子よく、隠しネタを披露してくれてました。

「死生の間に出入するといふ事は、要するに危険に近づくといふ事である。で、何が一番危険で、生命賭けの仕事かといふに、其は戦争であるといふ事は、敢て我輩が呶々する迄もなかろう」

と、圭介にしては平凡なことを言っているなぁ、と思いきや。そうではなかった。

「併し戦争といふものは、外の者が考えた程に、危険なもので無い。又左程恐ろしいものでも無い。誰しも死地に臨む前には、夫々覚悟を定めて居るから、イザ交戦となると、案外恐ろしくは無いものだ」

一見お気楽なこの言葉。他でもどこかで圭介のたまってましたが。経験を経た人だからこその言葉なのだと思えます。大変な、死ぬ目にあったからこそ、「いや実際は大したことがないよ」と言える境地。そいや、谷干城も同じようなことを言ってました。

「とはいふものの、実際心持は好くない。要するに我慢一つでもつて居るのだ」

と、あっさり本音。恐ろしくはないけれども、気持ち悪い。我慢一つで持ちこたえている。
これが陸軍総督のお言葉なのだから、余計にそうだったんだろうなぁ、と思えます。
圭介、自分が勇猛だ、と、一見軽々しい自慢をして、その後で貶めオチをつけるのが、クセ。

「我輩が戦線に立って、何が一番危険であったかといふに、箱館を距る一里計りの、七重浜で戦った時である。此時我輩は、土手の上に佇立って、急潮の如く寄来る官軍を睥睨しつつ、大刀を揮って指揮しつつあった」

会津や今市などでも直接弾丸を至近距離で撃ちかけられている人ですが。とりあえず一番危険だと思ったのは、七重浜だったらしい。(でも死ぬとは思わなかったのか。「死ぬと思った3つのこと」には入っていなかった)
これは5月11日の箱館決戦のときか、その前の七重浜夜襲のときのことか。後の文脈を見る限り、前者かと。

圭介が刀を振るってというのは。多分、指揮棒の代わりだろう。
そして次。

「部下は凡そ十人計り、至って微々たるものであつたが、熱烈の意気は天を衝かんとする計りであった。勿論銃丸は雨霰と飛んでくる。其処で部下の者は、『総督危険です、危険ですから下りなさい』と、勧める、頻りに勧める」

下りなさい……。部下に命令されて、というか、叱られてどうするのですか、総督…。

勧める、頻りに勧める、って。よっぽど、総督、部下の言うこと、聞かなかったのですね。なんというか。この時の部下の焦る気持ちが、ひしひしと伝わってきます。

「其はさて銃丸の耳邊を掠めて飛ぶ音は、『シー、シーッ』と、音は低いけれど、非常に強く響いて、頭はジーンとなる」

さておかないでください、総督。
この辺り、弾丸が頭すれすれに飛んでいく経験。リアルすぎて、淡々としゃべっているのだろうけれど、その重さにあとから愕然となる。
「名将」とか「猛将」とか言われている人の何人が、これと同じ語りをできるのだろう。

「『ナーニ乃公(おれ)に銃丸が命中るものか、銃丸の方が避けて行くぞッ』と大気焔を吐いて、尚も指揮しつつあると、部下の者は我輩の前に立ち塞がつて、銃丸避けになって呉れる。其を突きのけて前に踏出すと、又立塞がる」

状況が目に浮かぶというか。
「大気焔」と自分で言っているところが、かなり無理をしていたのだと思われる。

そして、銃丸避けとして立塞がる部下。その部下を付きのけて前に出ると、また、部下が前に立塞がる。
…それは、同人ネタじゃないんですか。腐女子妄想ではないのですか。本当にあったことなんですか。実話だと看做していいのですか。ああもう、事実だとみなします。誰が否定しても。

圭介、身を挺して庇ってくれる部下がいたのです。ありがとう、部下A。圭介が無事だったのは、貴方のおかげです。部下A。明治の殖産興業が一気に加速したのも、幌内炭鉱が昭和期に120億円の利益をたたき出したのも、日本の知的財産が世界に先駆けて保護されるようになったのも、貴方のおかげです、部下A。

「自ら大砲をも数発打ちて尽瘁し、敵丸衣を穿つしばしばなれど」と、何度も、衣を弾丸が突き抜けていったという、この場面の南柯紀行の圭介。生きた心地はしなかっただろう。部下Aが。

それで圭介。そんな健気で立派な部下の名前ぐらい、ちゃんと明らかにしてください。
この時圭介の近くにいたのは、大川さんでしたか。大川も馬を撃たれて落馬。本人は無事、という目に遭ってました。大川なら「下りなさい」の命令口調ぐらいは圭介に使いそうだ、どちらが前にでるかで首根っこひっ捕まえあってそうだ、とドリーム。

「其内彰義隊の残党であった、春日左衛門が戦死する。だが幸に我輩は擦傷だにも受けなんだ。で、我輩の従卒は我輩の勇気に鼓舞されて、『こん畜生!』と計り、鉄砲を掲げて堤上に駆け上がって来た。唯見た我輩は、『こら貴様等がのこのこ出る処ぢや無い。危険だから引込め。何だ鉄砲なぞを持って。貴様等に人が撃てるか』といふと、『ナーニ撃つて見せます』と勇壮凛々として、弾丸を込めて居る瞬間、官軍の一丸を被った。彼は意気忽ち沮喪して、『撃たれました。旦那撃たれました』と鉄砲を投出し、さも痛そうに、又情け無ささうに泣面をかく。我輩は味方の形勢非なるに気は昂つて居たが、尚余裕があつたので、従卒の参りやうが、非常に面白く、且又非常に滑稽に感じて、今尚脳裏に新なるを覚える」

また、健気な人が。従卒。しかも「貴様等」と呼ばれてることから、一人ではない模様。
鉄砲の訓練も受けていないような人が、鉄砲を掲げて、胸壁の上に乗り出していく。「貴様等に人が撃てるか」ってのが。利根川を渡る時の伝習生徒のときもそんな感じで。圭介、こういうの弱いですよな。

それにしても、圭介。「旦那」と従卒に呼ばれていたのか。従卒、生まれ悪そうだな。そして圭介は、生まれが悪そうな人が好きそうだな。
それで従卒が撃たれて、「滑稽に感じて」って。一見薄情なようですが。「憐れなり」とかもっともらしく言ってくれるよりも、余計に、すまない気持ちが濃いというか、滑稽だと感じる自分自身を揶揄しているような気がするのは気のせいでしょうか。どうも、見逃せないこの一文。


さて。本領はこれからです。
戦争は案外恐ろしくはない、と言い切った圭介が感じた、これこそが「死生の境だ」と感じたという、その瞬間は。

…また、次回。

というか、この時の圭介発言が強烈過ぎて、私の頭は、現在今それ一色で、どうまとめていいのかわからない状態です。すでにまとめる気も皆無で、片っ端から全文突っ込んでいますけれども。


[2] ひよ 2005/10/01(Sat)-21:55 (No.82)
は、はわわ!また大変なものを!
入潮さんがつっこむところつっこむところ(主に哀れな従卒の方々)が映像として目に浮かんで仕方がありません。
でもどれもこれも老成して語ってこそ味のあるお話ですね。大鳥氏は語りどころを心得ているなぁと思う次第です。
続きもどうなっているのか・・・!期待しております。

[3] 沙月 2005/10/01(Sat)-22:32 (No.83)
お久しぶりです!
これぞ圭介!という話ですね。面白すぎる・・・。笑いすぎて苦しいです。
続きも楽しみです。素敵なものをありがとうございましたvv

[4] 入潮 2005/10/02(Sun)-23:24 (No.85)
● ひよさま

はい、つっこみ見所満載、どころではありません。文章の端々すべてに対して、なんら物申さずにはいられません。
そしてこれも、圭介じーちゃんの、手のひらの上で踊らされているような気がして有りません。あまりに鮮やか過ぎて、すべに圭介によるキャラクター化・ストーリー化が施されているんじゃないかと。それでもきっと、みんな事実なんですよね…。
それに目をつけられるひよさん、おさすがです。

● 沙月さま

おぉっ。お久しぶりです〜。
沙月さんにも笑ってくださって、なんというか安心しました。余りにも笑えすぎて、自分ひとりが何かしらの催眠にかかっているのではないかと。ありがとうございます。

続きも全文引用になりそうな勢いですが、ばしばしいきます。これを世に明らかにせずにいられようか、という感じで。
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2005年10月06日

「死生の境」2

国勢調査。人口構造や世帯構成、雇用・失業、産業構造の調査といってますが。…この程度の質問項目、わざわざ大量の調査員を雇って、いちいち人に書かせて集計しなおさないといかんのか。市町村と戸籍とカード会社と失業保険と社会保険のデータを集めてバイアス処理して統計にかければ、ばそれなりに出てこように。
これも公共事業、調査員自体が雇用対策、と思えば、それはそれでいいのだけれど。
…「1週間に仕事をした時間」が三桁目がないというのはどういうことだ。週110時間ぐらい働いたのに。…その前の週は、5時間ぐらいしか働いてないけどな。

さて、「死生の境」。中盤、行きます。ガシガシ行きます。

「さて戦況日に利あらず、終に明治二年の五月、官軍に降伏した。で、朝敵との罪名の下に、榎本を初め同志一同と共に、牢獄に投ぜられ、翌六年東京に廻送されて。大手町の兵営内の牢獄に(当時の憲兵屯所の附近にして水の落下せる処)拘禁。二年と七ヶ月間の、牢獄生活を送ったが、此間の困苦は、実に言語を絶するものであつた。
処で此牢獄は、大手町へ兵営を建設するに就て、軍機振粛の為め、我輩が建築させたものであつたが、自分の建てた牢獄に、己れ自身が幽囚されるとは、有為転変の世の習ひとは言い条、牢内の感は殊に深かった。自己に出たるものは、自己に還るてふ、運命に捕はれた我輩は、自分が設計して建設させた牢屋の第四号室に幽囚されて居たが、榎本は其隣室の五号室に居つた。即ち此牢舎は、都合五つの分房より成って居て、一房の坪数は凡そ十四五畳」

牢獄。言語を絶する困苦。なかなか言います。
そして、これでもかというぐらい、自分が建てさせた牢獄、ということを強調しています。
博徒などならず者、六尺等を集めて組織した傭兵部隊伝習隊。懲罰施設の必要性を感じていた圭介。更なるならず者たちと一緒に放り込まれてしまった。

世の習いって、そんな運命を通常化させないでください、圭介。そんな運命の皮肉は、自分の立てた牢獄に自分が閉じ込められるのは、貴方か、あとは、自分で提案した指名手配写真制度のせいで逮捕された江藤さんぐらいです。

ただ、「運命に捕われた」。ご自身の運命への受け具合は、よく自覚されているようです。

「其の房内の不潔さつたら無い。何分にも丸太を地上に並べた上に、薄いアンペラ茣蓙を布いてあるものだから、梅雨時分になると、湿気が透して来て、心持の悪さ! 肉を透して、骨まで濕る思いがした。加之多い時には、一房内に二十人も幽囚したのだから、其窮屈な事と言つらた、じつと座れば、膝もにじられぬ位。」

…自分が設計した牢獄を、良くそこまで貶せるなぁ。いや、自分が作らせたからこそ、ここぞとばかりに不満をぶちまけてネタに仕立て上げているのだろう。圭介だから。
で、〜畳と数えていたから、畳かと思ったら。丸太敷に茣蓙だったんですね…。
「心持の悪さ!」ってそんな、中田さん。エクスクラメーションマークつけてあげなくても。…圭介じーちゃんの口調が想像できすぎてしまって、うずくまってしまうではありませんか。

「其上、食物が粗悪で、副食物は沢庵と味噌汁のみであつたから、此には誰も困つたらしい。殊に味噌汁を桶…真黒に汚れた、手垢のぴかぴか光つて居る桶に入れて、これも不潔い干杓で、コポリと一掬ひ、差し出す椀に盛つて廻るのが例であつたが、此一杯切の味噌汁を、而も舌鼓を打って、吸わねばならぬ、情け無い身の上になつた我輩は、朝毎に桶を持って廻る、獄丁の姿をみるや、一種言はれぬ痛切の気に打たれざるを得なかつた」

圭介、不潔なの嫌いだよな。でも食うよな。そして最後まで体調崩さないよな…。
汚い桶の味噌汁。きっと一人率先して、「やぁ、ご馳走だぞ!」といいながら、美味そうに啜っていたんだろうなぁ。で、周りをあきれさせながら、一人、虚しい思いしていたんだろうな…

「処で最初、此処へ廻送された当座は、もう生命はないもの、首の無いものと、覚悟をして居たが、さて三日経ち、四日経ち、五日、七日、十日、二十日を過ぎて、一月経つても殺しさうな素振りも無い。此が為め我々一同は、官の方針を忖度するに苦しんだ。といふと、単に五六行で事が説明されるけれど、其間の心持、所謂坐ながらにして感ずる生死の境。…今日首を取られるか、明日にも斬罪に処せられるかと、日毎日毎の胸の乱れ、月にふれ風につけ、雨の日は又一入、胸の躍るを禁じ得なかった苦衷は、血も枯れる思ひであつた」

この発言をみるにつけ、彼等、自分たちの行く末がどうなるか分かっておらず、降伏、護送、入獄時は死ぬものと覚悟していたのは確かであるようで。
圭介ら、官の方針を推し量るのに苦しんだ、といいますが、多分、官軍、明治政府の上層部でもそういう感じで、結局誰も決められなかったのでしょう。大村さんが暗殺されたときは死罪論に傾いたわけですし。
どこでだったか、死罪を声高に主張していた木戸さんですが、本心は、欧米等への体面を鑑みても、本当は助命したかった。けれども、他の死罪論者を抑えるために、わざと自分が大きく死罪論を主張して、助命側の薩摩の雄を煽っていたのだ、という節を聞いたことがあります。

で、死ぬつもりで居たのに、殺しそうにない、閉じ込められたまま生殺し状態。これが一番、生きた心地がしない。これぞ生死の境。血も枯れる思い。天気が悪い日は余計に気が滅入る。
ウマイですな、圭介。「死生の境」というテーマを持ってきた著者に、調子よくノンフィクションのストーリーを練り上げて、語っている気がします。この辺りの語りウマさというのを圭介は大事にしているような気がするんですよな。普段の茶飲み話からしても。その辺り、脚色するから、「大鳥圭介伝」の同時代人の証言も、あんな感じで、安藤や本多が調子に乗っていたのだと思う。

とりあえず、眠いので、また一旦、ここで切ります…。続き、この続きこそが…。
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2005年10月11日

大鳥は。

仲間が死んだときに泣く人ではなく。
仲間が生きていたときに泣く人なんだなー、と。

思いました。

……それだけ。

あぁああ…。やればやるほどやることリストが増えてくってどういうこと…。でもそれが世の摂理。
ラベル:大鳥圭介
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2005年10月14日

児玉大将伝

うー。胃がコーヒーを受け付けなくなってきた。
泊り込みが続いております。そろそろ、逃避したくなってきたので、前にテキストに溜めていたのを抜き出してみる。

『児玉大将伝』日露戦争の英雄、児玉源太郎の、同時代同僚による伝記。大正7年、杉山茂丸の著書です。

児玉さんは17か18歳の若かりし頃、箱館戦争に徳山藩士として、新政府軍に参戦していました。
日露の活躍が有名ですが、台湾総督時代に、台湾のインフラを整備し、現地の人間の生活の質を向上させ、それが今日の台湾人の親日感に寄与している、という一面も。

で、著者の杉山氏ですが。政界の黒幕といわれ桂太郎や山県有朋、松方正義などにその頭脳を提供していたそうな。日清・日露戦争、韓国併合のみならず、明治、大正の歴史事件の裏には杉山の存在在り、「魔人」「怪物」とか言われている。明治18年に伊藤博文を暗殺しようとして面談したところ、逆にその人格に打たれて親交を結んだ、とか。具体的に何をやっていたのか良く分からない人なのですが。政治のみならず経済・貿易通でもあり、モルガン商会から巨額の融資を引き出したりしている。「六尺に近い巨躯を擁し、堂々、人を威圧する魁偉な容貌と、どこまでも相手を魅力し、説服せねばやまぬ長広舌は、硬軟とりまぜて千紫万紅談論風発停止するところを知らず」とは、新聞の追悼評。「基本的に他人を自己の目的を達成するための道具としか考えない」とか評されている。いい感じに怪しい人。

一方、児玉のことは深く信頼していたとのこと。桂大将の伝記も書いておられ、語り部的存在。
で、この方の執筆された児玉さんの伝記。談論風発、と評されているように、重厚な内容なのにさらりと読ませる、頭の良い文章です。
で、ここで取り上げるのは、もちろん圭介関係です。ごめんなさい。

この「児玉大将伝」に、児玉が若い頃(18歳ごろ?)に、徳山藩士として参戦していた箱館戦争、官軍上陸後のことが、実に生々しく記されていました。

「敵は名に負う榎本釜次郎、一隻の艦を七隻に使うとさえ言わるる水師の名将、まして荒井郁之助は、五尺の隙があれば、艦を乗り入れるという航運の手練、陸には大鳥圭介の神謀鬼策、古えの楠氏にも喩うべき名将である。この海陸の玉麒麟が、決死の猛卒を率いて戦うのであるから、容易に攻め破ることは出来ない。」

榎本さん、水師の名将と。海軍提督としての榎本さんの評価は、初めて見たような気がしますが。さておき。
荒井さんも操船の名手と。五尺の隙に艦を乗り入れる。具体的で格好いいですな。

で、圭介。神謀鬼策。楠氏にもたとえられると。圭介、李将軍やら、クロバトキンやら、楠正成やら。古今東西のいろんな名将・知将に例えてもらってますな。みんな負けて不遇に終わっているのがまた…。

で、5月2日の七重浜夜襲のとき。

「窮鼠猫を食む死物狂いの幕兵、まして隊長として聞こえたのは、一代の軍略家たる大鳥圭介である。官軍の将校は、かつてこの人に戦術を学んだ者が多いから、いわば弟子をもって師と闘うのである。互いに名を惜しみ、恥を知って鬩ぐのであるから、肉を弾とし、骨を楯として、稀代の悪戦に一歩も退かじとするので、両軍の死傷は、面をも向け難き悲惨なありさまであった。」

黒田のほかにも、元圭介の教え子、結構、官軍側にいたようで、しかもそれは周知の事実だったようで。
それが、互いに面を知っていて、恥を見せられぬと。弟子たちに相当意識されていたみたい、圭介。そして、児玉大将をして「稀代の悪戦」って言わせしめる戦をしていたのか。

「幕軍の勢いは日に日にちぢまって、悪戦苦闘は夜を日に継ぎ、血は流れて川となり、屍は積んで丘をなさんばかりであった」

と、泥沼の戦いになってしまったと。

で、夜襲時の官軍側の様相が詳しいです。

「何とも知れぬ異様の響が、風なきにサヤサヤと聞こえる。源太郎司令士は、きっと身構えて聞き耳立てた。もしや猛獣が人の肉の臭を嗅いで、飢えた牙を磨ぐのではあるまいか。それとも敵の夜襲か。
俄然、闇を劈く小銃の音がした。途端に裂帛のごとき叫声が聞こえる。味方の哨兵が、何者をか発見したのである。『起きろ起きろッ』と、源太郎が部下を叱咤する刹那、轟然たる一斉射撃が聞こえるかと思うと、バラバラと弾丸が飛来した。源太郎の側に駆けつけた兵士はあっと叫んだが、口から血を吐いて仆れた。
『夜襲だ、気をつけい』 徳山献功隊の猛者は、空を蹴って飛び起きたが、時すでに遅し、死物狂いの敵兵は、山も崩るる喊声を上げて殺到した。味方は寝込みを襲われたのであるから、さすがに慌て狼狽いて、ただ刀を抜いて振り回した。闇さは闇し、不意であるから、敵味方も解らず、刀の触るるところ、自他の区別もなく斬りつけた。バタバタと悲鳴を上げて仆るるは、大方味方の同志討ちである。さしも驍勇の献功隊も、まったく度を失って、乾坤一時に覆えるような騒ぎとなった。」

……圭介指揮の夜襲です、念のため。

夜襲で、同士討ちを仕掛けていました。結構えげつない。
この後、夜襲は連夜続き、最初は功を奏していたけれども、最後には100名以上の死者を出しています。
官軍側は、相当混乱があったようです。

…前にも書きましたが、圭介、不意打ちやゲリラ戦は得意であるようだ。一方、粘りが無くて、力押しの陣地攻めは苦手なんだな。今市とか。おそらく消耗戦が嫌いだから、撤退判断が、他人より早いのでしょう。

「敵はじつに五稜郭の勇卒三百人、死をこの一戦に期して、官軍の崩れに乗じようとしたので、味方は苦戦に苦戦を襲ねて、ようやくにして撃退した。」

という感じで、官軍側も相当苦しかった様子が、描写されていました。
児玉の所属していた徳山藩は11日の箱館決戦では、徳山兵は赤川の台場と四稜郭を攻めて、占領しているのですが、この日についての記述はありませんでした。

そんな感じで。…相変らず、官軍側に好評な圭介でした。
無論、伝記なので、相手の力量を過大評価して、それと渡り合った主人公を大きく見せようという手法なのかもしれませんけれども。
その辺を差し引いても、やっぱり。世間の「無能」評には、クビを傾げずにはいられません。

最近、ネット界隈を見る限りは、評判も変わってきたのかな、という気もしますけれども。新しく出版される小説などでは、相変らずだなぁ…というのも目にします。

考えてみれば、昭和以前の史料のほうを当たっている限り、大鳥無能評に出会ったことは、ほとんどないのですよな。「会津戊辰戦史」も、よく読んでみると、大鳥が自分で謙遜や反省していたことが、そのまま抜き出されているだけだったし。

あとは、板垣の「道普請してくるから容易い」と、心苦雑記の「因循、存外の人」ぐらいか。
板垣のほうは、8/11、8/18の雑記でもちょろちょろ触れていますが。当時の大鳥の世間評の高さがあったからこそ、それに対抗して自分のポテンシャルが高かったのだと主張するパフォーマンスなのではないかと思える。(てか、圭介に民権運動を、西洋のモノマネで中身がないと貶された逆襲とか。…明治のこの二人、微妙に仲が悪い感じで、いい感じです)。あと、それに対比して、自分が見出した沼間を讃えることによって結局、自画自賛しているほうに結び付けているのもある気がする。いや、それも板垣に対する穿った見方なのですけれども。

「心苦雑記」のほうは、まだ引用しか目にしたことがないので、なんともいえないのですが。…今調べてみたら、「郡山八幡特選ショッピング」というサイトで売っているし。ぽちっとな。

それらは、「机上の戦略家」「無能」の根拠にはなるだろうし、他にも探せばその根拠も色々あるのだろうけれども。同時に、その反証となる記述、また、山ほど出てくるのも確かで。特に、明治に編纂された歴史、官軍側の記録には、北関東戦の評判が高くて、箱館はあまり触れられてないけれども、全体的に有能な軍師、隊を己の肘の様に自在に操る、能ク兵ヲ用フ、という表記が多いです。とりあえず、デジタルライブラリで「戊辰」「会津」あたりをキーワードに探してみると、かなりの数が見つかります。
及び腰になっていた会津関係も、そんなに悪いのは見当たらない。七年史(著者母成で大鳥と共に戦い一緒に敗走した北原雅長)は相当好意的だった。(てか南柯紀行の抜き出しが多かった)

一方、現代の小説・評論のほうは、創作性の高く大衆性を求めているものほど、大鳥が無能扱いされてる傾向がある。一面だけ抜き出され、ストーリー作りに都合良いものばかりが取り上げられ、それが流布されているだけなのではないか、という感が大きくなる一方で。

巨匠のように(多分)分かってやっている場合、既存の権威に流され無意識に都合よく利用している場合、さらにメディアの作るヒーロー像のスケープゴードにしている場合、観光史観やら妙な執着やらに突き動かされて捏造している場合、色々見受けられると思うのですが。

これは、突っ込み始めたら、キリがないなぁ。泥沼化しそうだ。
サラリと数行で触れて終わろうと思っていたら、また長くなった。
いっそ、大鳥、無能なら無能であってくれたほうが、よっぽど楽だ…。あーうー。

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2005年10月18日

光源

圭介は発光ダイオード(LED)だと思います。

LEDは、順方向に電圧を加えた際に発光する半導体素子のこと。

効率がよく発熱が少ない。消費電力が少ない節約型。寿命は半永久的というぐらいに長い。豆粒のように小さい。落としても壊れず丈夫。紫外領域から赤外まで、応用領域も大変広い。本来は指向性が高い一転集中型、でもトーチなどにはレンズで拡散されて使われてしまう。さらに、電子機器、スクリーン、ディスプレイ、液晶の光源、信号など、どこにでもありふれて重用されているのに、どこに使われているのか一般に知られていない。

……見れば見るほど、恐ろしいほど、圭介じゃないか。
そういうわけで、LEDの光を見つめるために、圭介を思い出して、にまにますることにします。

ガス灯の黒田と正反対です。(明るいけど効率も悪くて99%は熱として発散、燃やすから火事の危険あり、臭いあり、屋内は不適)

ごめんひよさん。もともとひよさんのところのチャットで話題に上がっていた電球ネタだったのに、自分ところでネタにしちゃった。だって参加できなくて悔しかったんだもーん。

…地方電化の光源の報告、書いてるんすよ…。(太陽光発電→LED、バイオマス→ガス灯)

    [2] しの 2005/10/19(Wed)-01:01 (No.98)
    やん!!仕事でLEDを書き込むたびに萌え(燃え)ちゃいそうです。
    ある問題の所為で嫌いになりそうだったLEDをちょっぴりどころか凄く好きになりそう(笑)。
    そんな私は、了介のガス灯に近そうですが…。

    [3] ひよ 2005/10/19(Wed)-21:26 (No.99)
    あははは!今まで「発光ダイオード=ハイテク?」くらいの認識しかありませんでしたが、激しく見方が変わりました。「豆粒のように小さい」とか「丈夫」とか「重用されているのにどこに使われているのか知られていない」とか、圭介っぽいですね!(笑)勿論優秀なところが特に・・・v
    新たな萌えをありがとうございます。自然やら電気やら、萌えって色んなところに潜んでいるのですね・・・!
    私は一人でヒートアップして勝手に割れるハロゲン木戸ランプっぽいです。今もちょっと割れそうです。

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2005年10月27日

気球

本日の上司との会話。

「あのー、建設段階で、車両が進入できない山間部の人力輸送箇所での、効率的な工事方法を提案しないといけないんですけど」

「そんなのないよ。人力は非効率というのが前提」

「一応指示書に出てるから何か書かないとならないんですが。
トランスの容量を小さくして重量を制限する、ぐらいじゃダメですかね」

「それは抜本的な答えになってないねぇ」

「抜本的でなくてもいいから、お客さんが納得してくれる方法ないですか」

「じゃあ、気球を使うといい。コントロールは難しいけど、大体の輸送が出来ればいいから」

「……(激しく狼狽しながら)過去に実施例はあるのでしょうか」

「無いよ。だから提案しづらい。でも、やったらうまくいくと思うんだけれどなー(きらきら)」

「……」

……上司に圭介の影を見た瞬間でした。

レポートに入れるべきかどうか激しく悩んでいます。

……今日も徹夜ですが、ちょっとだけ幸せです…。


    [2] 入潮 2005/10/28(Fri)-05:26 (No.103)
    ウフ、フフフ…
    入れちゃった。気球、入れちゃった…
    圭介、貴方のアイデアが、今現代に蘇る……
    (だから違うってば)
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2005年10月31日

迷惑いきます。

うぐぁ。疲れた。
こめかみの白髪が一気に増えてしまった。この歳で、海原雄山になってしまうのか。
(こめかみだけです。あんなに貫禄ないし豪快でもないです。家族は同じぐらい不幸にさせる自信あるけど)
つい最近まで普通に10代で通用していたのに。老けが来ると早いな…

昨日からずっと、タンクトップで会社にいました。なんか、熱かった。逆に、体温が下がったまま上がらないこともある。徹夜が続くと、体温調節機能がヘンになるようだ。先輩に自律神経がおかしいんじゃないかといわれた。多分、そうなんだろう。

泊まりで2,3時間の仮眠→徹夜→泊まり仮眠→自宅戻り電気をつける間もなく撃沈6時間睡眠→朝着替えだけ持ってズルズル出社→泊まり仮眠→徹夜→……というクールを4回ぐらい繰り返しました。うち1回は自宅睡眠時間を12時間ほど間違えましたが。

ナポレオンは多忙すぎて1日に3時間しか睡眠時間が無かったといいます。
1日に毎日3時間も寝ることができりゃぁ、十分余裕だ。忙しいとか、偉そうにのたまっているんじゃねぇ。…と思いました。

なんか、海原雄山にたとえたり、ナポレオンに勝ったとか言い出したり、ちょっと大きく出てますよ自分。

このところ、命が削れて行く音を聴いています。
もうちょっと、楽に生きることを望んでも、バチは当たらんよな…

そんな風に疲れていたら、大学の同期の友人から久しぶりにメイルが入ってました。引越し通知でした。
学生時代の6年間付き合っていたと(私が勝手に)思っていた奴です。最後の2年は遠距離でした。
そのまま、できちゃった結婚の事後通知を、私が修論で死に掛けていたクリスマスの直前に呉れやがった、ナイスガイです。

現在、二児の父。巨大IT企業を退社しソフトの開発者。
軽●沢に、薪ストーブ付の400坪一戸建て新築住宅を購入したんだそうな。

……どうか永劫に幸せに生きてくれ。私の分まで。

そんなふうに健気に祈るアタイ。今年のクリスマスは、中島みゆきの「十二月」を聴きながら哂っていると思います。
(「十二月」:12月を、自殺する若い女が急に増え、大都会の薬屋で睡眠薬が売り切れ、男が正気に返り、何万人の女たちが、あたしは違うと思いながら、何万人の女たちと同じと気づく月、と定義した素敵なクリスマスソング)

どんなに体力振り絞って過酷な仕事を果たそうが、会社に儲けをもたらして立派な成果を残そうが。
所詮、使い捨て人生。
家族と一緒に時を過ごし、次世代を残し育む人間には、なに一つとして敵うものは、自分には残らないんだよ…。

…あ、涙が出そうになってきた。だっておんなのこだもん。

そんな感じで、返信もメイルも滞りっぱなしで、大変申し訳ございません。いつも謝りっぱなしで…。

明日を乗り切れば、少しは人がましい生活ができると思うので、それから鋭意掛からせていただきます…。

書きたいネタは腐るほどあるというか、腐って発酵して腐臭を放っているので、資料の散らかっているアパートに帰ると、何かしら書くと思います。が、いかんせん、ネタはあっても体力がない。雑記が前の日と同じままなのは、徹夜しているかヘタばっているかどちらかです。
自分から働きかけをしないとすぐに見捨てられてしまう世の中。なるべく定期的にネタ出しはしようと思ってはいます。

ただ、2ヶ月以上音沙汰無しのままサイト放置していたら、そのときは居なくなっていると思います。あー、こいつ出家しやがったな、と思し召しください。今のところその確率は2割もないですが、1割よりは高い感じです。


……て感じで、アタシこんなに疲れているのー、てゆーかイタイ奴なのー、というのを吐き出したら、だいぶスッキリしました。読まされるほうは、タマッたモンじゃないですね。
いやぁ、鬱々は人に伝染させるに限ります。大迷惑。

…仕事しようか、自分。

posted by 入潮 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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