2008年05月03日

エネルギー排出

以前、柏崎刈羽原発の停止の記事で、二酸化炭素はどうなるのだろうというようなことに触れましたが。

Point Carbon の記事によると、2007年度の東京電力さんの二酸化炭素排出量は、前年度比で30%増加したとのこと。

これはかなりなダメージです。幸いというべきか。京都議定書で日本に課せられた目標-6%の約束期間は2008年から、今年からなので、この30%増事体はまだ響いていませんが。それでも未だに停止状況にあるのは事実。

ちなみに、東電さんは、日本の排出量の多い企業トップです。
気候ネットワークによると、日本の2006年のCO2総排出量は13億6717万トン。内、東京電力は6892万トンで、日本の5%を占めます。その次は鉄鋼会社(JFEスチール、新日本製鐵)、そして各電力会社(中部電力、電源開発、東北電力、中国電力)と続きます。

で、東電の排出量が30%増えたということは、それだけで日本全体の排出量割合で1.5%増えたわけです。6%削減を目指す日本にとっては、これはかなりなハードルアップです。
この分の削減量をどこかから調達してこようとすると、1トン当たりCO2が20US$(2000円)としても、この30%増分だけで、414億円です。誰が払うのでしょう。我々の電気料金?我々の税金? 跳ね返ってくるのは、どのみち、我々のお財布です。

再開反対の声も大きいのは事実です。お気持ちは良く分かります。
なので、反対の方々は特に、今年の夏は、ぜひエアコン無しにチャレンジしていただきたいです。我々の電気使用量を一人30%減らせば、東電さんが柏崎刈羽を止めた分火力発電で賄って、二酸化炭素を余分に放出することはないのですから。
特に昼間のピーク時間に、いかに電力を使わないかが勝負です。

他人任せにしてはいけません。アドボカシーは自己満足なだけで、実際たいした効果はありません。
大義を掲げる方々には、まずは己の行動で、己の生活の中で、排出量削減を示してもらいたいと思います。

自分も今年の夏も、エアコンテレビ無しで参ります。
自分だけがボロ家で暑い思いをするのは腹立たしいから言っているとか、本心は読まないで下さい。

(実は民生部門の排出量が全体に占める割合はあまり大したことはないというのは置いておいて)


さて、ご紹介したい本もネタもたくさんあるのですが。疲れ果てて体力がありません。
1時2時まで連日仕事、今年度に入って休み皆無。明日からGWの行楽客の波を掻き分けて、出張。

今朝、荷造り、荷物出しをしたら、雨が上がった。ある方の日記から、今日湾岸でオタクのイベントがあることを知る。よし、せめて今日会社に行く前に湾岸を走ろう。ということで、風の吹き付ける東京湾にバイクで二酸化炭素を撒き散らして鬱憤を晴らしてから、お祭りを覗いてきました。イベントは10年以上ご無沙汰していました。着いたらすでに撤収が始まっていて、30分も居られませんでしたが、雰囲気は味わえました。

メディアをにぎわせるほどあり、その規模に驚きました。それ以上に、創作にかける皆さんのエネルギーに吃驚です。作品の数々に、こうした職人気質の日本人が、次代を支えるのだなぁと、親父臭い感動の仕方をしてきました。

こういうエネルギーは、まず燃え尽きることは無いので、どんどん熱く発してほしいです。

さて、仕事に戻ります。
会社から成田へのピットスタートは、したくないなぁ。

皆様、充実した連休をお過ごしください。
posted by 入潮 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月04日

宇都宮戦いろいろ

昨日、創作意欲を頂いたので、更新しました。
去年から引きずっていた宇都宮戦です。だらだら書いていますが、まだ終わりません。
ニーズなんて口にするのも野暮ってもの。
ついでに、一回目もかなり書き替えました。時系列に書き替えて脱走から小山を追加しています。

徹夜のまま出発せねばならなくなりましたが、本望です。

さて、普段あまり音楽は聴かないのですが。
書きながら聞いているとテンションがあがって筆が進むという曲は、創作をされる方なら持っておられるのではないでしょうか。

今回お世話になった曲。

セルゲイ・ラフマニノフの交響曲第2番ホ短調Op.27第2楽章。

とてつもなく覚えにくい曲名ですが。
これが伝習隊のイメージにぴったりなのです。

ずんずん進軍してくる薩摩っぽい重い曲や、決断しきれず迷っている様子や、敗戦を思わせる黄昏な曲調、半分自棄になって、うらぁ行くぞ!と思わせる調子など、ストーリーが想起されて、味わい深いです。

グロッケンシュピール(鉄琴)の音が響くと、浅田君が来たー、と浮き立ちます。軽快な調子が浅田君のイメージなのです。


さて、各資料で、強いというか怖いのが、薩摩兵です。
宇都宮でも2000の兵に対して200で大山弥助、野津七次が第一陣として攻め込んでいるのですが、彼らの勢いにかなり旧幕軍は苦戦しています。白兵戦に持ち込まれたら大変です。しかも大山の砲は強力で、この一日最後に幕軍が撤退するまで悩ませています。
大鳥さんも、薩摩の旗は警戒しています。

それに対して長州兵は、名前はでてきてそれなりに活躍していますが、それまで、という感じで。長州が来たといって恐れられる、という感じはあまり受けないような気がする。まぁ薩摩が特徴ありすぎるので、あくまでそれと比べてなのですが。

一方、意外といっては失礼ですが、強いのが因州、鳥取藩です。

鳥取藩は、安政の段階で洋式砲術を既に導入し、早くからゲベール銃を用いて足軽銃隊を編成していました。また、慶応2、3年の改革でミニエー銃を導入。農兵の取立ても行われ、500人の農兵が編成され訓練されました。

さらに、慶応4年には英式を導入。前装式施条銃のエンフィールド銃を持ちます。鳥取藩ではしばらく、英式と蘭式の二式を用いたとのことです。
さらに、藩兵の一部、勤皇の農民隊である山国隊は、前装式施条銃段階の仏式を用いたとのこと。彼らを訓練したのは、幕府伝習隊で学んだ足羽徳之助です。江戸で雇用した少年鼓手を加えて本格的な教練が行われました。彼らは「魁」マークを額につけた黒毛のシャグマをかぶっていました。安塚で獅子奮迅の活躍を見せています。

伝習隊で鍛えられた指導者により練られた兵が、伝習隊を討つ構図はまたなんとも。

以上は、新紀元社の「武器と防具 幕末編」に詳しいです。
とある方がご紹介くださったのですが。これがかなりのお役立ち。

「武器と防具」シリーズは何冊か持っていますが、いつも仕組みの分かるいい材料を提供して下さっています。著者の一人の淺川道夫氏は、こちらでも兵式の紹介で何度か取り上げさせていただいたのですが、本当にいい仕事をされる方だと思います。

銃砲について、分類と性能、弾薬、仕組みが、図解入りでとても詳しい。そして、各藩の隊の装備を図入りでまとめ、参加した戦闘の概略をまとめてくれています。
何点か首をかしげる点もありましたが、非常に深いところから汲み上げて纏められていて、資料として、イラストも文章も双方、利活用度が高いです。参考資料集がまたすさまじい。

さて、その鳥取藩の親玉、河田佐久馬。様々な藩の資料で、怒号を張り上げている様が書かれています。安塚だけではなく、次の日の午後から参戦した宇都宮でも、やはり叫んでいました。そんなに声が大きい方だったのかしら。
今、自分の頭では、河田さんの声が、千葉繁氏の声で再生されています。「北斗の拳」のナレーションのノリです。

そんな感じで。
出発の時間になりました。行ってきます。
posted by 入潮 at 05:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 幕末明治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月29日

日本版フェアユースの可能性


以前にちらりと、フェアユースについて触れたのですが。

http://chizai.nikkeibp.co.jp/chizai/gov/20080514.html

内閣官房の知的財産戦略推進事務局が、日本でのフェアユースの導入を真剣に考え始め、「知的財産推進計画2008」に盛り込むよう検討を始めたとのこと。

これは嬉しいニュースです。

フェアユースは、創作活動で、営利目的ではなく、学問や文化の発達といった社会的な目的で公共に益することで、著作者の利益を侵害しないのであれば、著作権で制限されている複製や配布などを認めましょう、といった概念です。

元々は、日本のネット・ビジネスをもっと発展させられるように、という経済界からの要求を汲んでのことのようです。

日本でも本格的にフェアユースが始まれば、著作権で制限されている範囲を超えて、様々な活動がおおっぴらにできるようになる。具体的に何ができるようになるかというと、朝日新聞5月27日の記事によると。

「遊園地でアニメキャラクターと一緒に撮った記念写真のブログ掲載や、他人の作品を利用したパロディーは、こうした利用を許す個別規定が現行法には無いため、著作権法に触れる恐れがある。しかし、公正利用規定があれば、合法となる可能性もある」

まだ可能性の話ですが。

ディズニーキャラとの記念写真はおいておいて。
漫画、アニメ、小説などの二次創作は、ファンたちの作品へ愛の証です。大好きな作品世界の世界観やキャラクターで、自分の願いや希望に従って創作する。これは現在は、著作権に抵触するということで、原作者出版社のお目こぼしで行なわれているわけで、ファンは多少後ろめたい思いをしていた。いわば今まで日陰者だった二次創作ですが。これが、フェアユース採用により、大手を振って認められるという可能性が出てきたということです。 (厳密には二次創作とパロディは違うのかもしれませんが、フェアユースかどうかのカテゴリでいけば同じではないかと)。
これは、諸作品のファンの方々にとってはとても大きい事では無いかと思います。

元々、二次創作画はファンの交流のツールでもあり、それが原作の知名度を上げ、原作の売り上げ増加やメディアミックスを促す性質のものです。原作者にとっては本来プラスになるものであり、著作者の利益を守るという概念の著作権にはあまりマッチするものではない。
(原作者が二次創作を快く思わない場合などは、まぁ、別としておいて)

二次創作の、人に及ぼすポテンシャルは凄いと思います。
経済性で言えばオタクは1兆円産業。社会性で言えば、コミュニティの廃れている時代に同人を通じて若者たちは濃密な人間関係とマナーと謙虚さを学んでいる。産業性で言えば、オタクは創作の為に、PCスキルの高さ、イラストレーションなどの創作性、わかり易くものを伝えるという技能の高さを涵養している。
二次創作が日本の社会のポテンシャルを底上げしている面はきっとあると思う。

フェアユースがあろうが無かろうが、方向性事体にはたいした影響は無いと思いますが。何より、二次創作が社会的に認められるようになることで、オタクたちに、自分たちは正しいことを行っているという自信になる。

もちろん、二次創作の同人はあくまで非営利の趣味の範囲のもので、それが生計の糧になって原作者より稼ぐようになったり脱税しだしたりすると問題です。それは、常識の範囲で、原作者の利益を侵害しないという点をファンが弁えていればよいことかと思います。(原価以上の金を稼ぎたいなら、二次ではなくオリジナルで、自分の力だけで勝負したほうがいいと思うのです。二次創作が受けるのは、あくまで原作者の作品ありきであり、いわば他人のフンドシで相撲を取っているわけで。それで、利益の大きくするのは道理ではないでしょう)


歴史分野で言えば、フェアユースの精神が日本でもまかり通ることで、あの阿呆らしい図書館コピー半分制限が撤廃されたり(著作者の死亡年が証明できずコピーが全部取れないことが、国会図書館では結構ある)、倉庫で埃を被っているだけの有用な大正・昭和の史料がウェブベースで誰もに利用できるようになったりすると、とっても喜ばしいことだと思います。

自分としては、たとえば、山崎有信編のフルルビ仕様の南柯紀行とか、大鳥圭介の自伝草稿など有用史料のスキャンをウェブにアップしたいとか。やろうと思えばいつでもできるのだけれども、山崎さんの死亡年がはっきりしないとか、途中で編集や読み下しが入って著作権上グレーゾーンであるとかで、やれないものが結構ある。こうしたものがフェアユースの錦の旗を振ることで可能になるなら嬉しい。


ただ、フェアユースは、何がフェアユースにあたるかが、厳密に定義できないというものではあります。フェアユース先進国のアメリカの場合も、フェアユースは「事実上定義を拒むほどに柔軟」と言われているそうです。何が「フェア」に当たるのか、裁判になったときにいちいち事例ごとに利害を調査して裁判官が判断する、というものだそうです。なので、何でも裁判主義なアメリカと異なる日本では、どういったやり方が考えられるのか、どこまでやれるのか、ということに差異はでてくるかと思います。

こちらでは、いちいち裁判にゆだねるのではなく、著作権団体と消費者団体の話し合いでガイドラインを作るのが良いのではないかと仰っています。自分もそれに賛成です。日本人は、法的拘束力がなくても、何らかのお墨付きのあるガイドラインがあれば、それに従順になる、という傾向が結構あると思います。


そんな感じで、あまり過剰な期待は禁物、とは思いつつ。
こうした流れは、どんどん大きくなればいいなぁと思います。
タグ:著作権
posted by 入潮 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 幕末明治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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