2009年12月26日

山の国のSEAゲームと中国

え、もうクリスマスも済んで、いきなり年末なんですか。いつの話なんですか。

という感じの、ラオスです。更新と同じく、時間感覚が飛んでいます。回線が細くて、全くブログのポストができませんでした。

夏からブータンとラオスを行ったりきたりで、乾期の炎天下の中、走り回っていました。年末一旦帰国しますが、今、寒いということが想像できません。

首都ヴィエンチャンは、つい先日まで、SEAゲームという、2年に1度開かれる東南アジア版オリンピックで大賑わいでした。海の無いラオスでなぜSEAゲーム?という感じですが。単に、South East Asia Gameの略だそうです。

ラオスではこれまで開催したことの無い大規模の国際大会に、ビエンチャンは大わらわ。英語を話す人も限られているため、対応のために省庁の職員が大量にボランティアで借り出されてしまいました。誰にコンタクトしても、SEAゲームが終わるまで忙しいと、袖にされてしまいます。おかげで仕事が進まない。データが取れない。

連日お祭り気分で、待ち行く人は皆、SEAゲームプリントのTシャツ姿です。
人気のサッカーの時間は、町から人が消える。皆テレビを食い入るように眺めているので、さながらゴーストタウン。そして点が入ると、町中が歓声に包まれる。優勝したのはベトナム。ラオスは残念ながら4位でした。

電力需要も激増。一基1MWほども電力を使う数基の照明や、新設の道路などの電力のために、電力会社は、鉱山や工場などの大口需要家への給電分を一時的に調整して回してこなければならなかったとのこと。

ラオスにとって、SEAゲームを開催できるようになったということは、ラオスがここまで成長したのだという誇りであるようです。東京でのオリンピック発開催の際と、雰囲気が似ているかもしれません。実際、ラオスは、人口増加率2.2%に対し年率8-10%の経済成長を重ねています。

さて、SEAゲームのスタジアム会場は、中国が援助で建設しました。タイの一部のようだったラオスですが、近年急速に中国が入り込んでいます。中国がアコギなのは、スタジアムを無償で作る代わりに、何と5万人の移民をラオスに受け入れさせようとしたこと。これは2万人まで減らしたそうですが。中国がどんどん、ラオスに侵入しているのを感じます。来る度に、町に中国語の看板が増えています。ラオス、カンボジア、ミャンマーなど東南アジアに限らず、アフリカ、中東なども同様。世界中華化計画という言葉が脳裏をよぎります。

世界中の資源獲得における中国の暗躍は、お茶の間テレビ番組の題材にももなっていると思います。その実態を目の当たりにするにつけ肝を冷やします。ラオスは、東南アジアのバッテリーたる水力発電の宝庫ですが。そこへの中国の資金の流れ込み様は、すさまじいです。国の電力局や電力会社の上の方々は、しょっちゅう中国にご招待されていて歓待を受け、なかなか面談もできません。

特に歯がゆい思いをさせられるのは、中国の効率的すぎる手口です。日本が、事業化調査だの環境影響評価だのを慎重に行っているのを尻目に、中国はとにかく、投資して建設を始めてしまう。本来、認可が下りていないと建設開始できないはずの環境調査を、建設が終わってから始めたりするのは、顎が外れそうになります。例えば先日も、ビエンチャンの北で中国が建設しているダムの下流の維持流量を知る必要がありました。維持流量は下流の住民の生活に直接関わるので、およそ河川に関わる者、必ず検討すべき項目です。しかし、調査報告書や環境報告書をひっくりかえしても、何も出てきませんでした。同じようなことが世界中でまかり通っているのかと思うと、目の前が暗くなりました。

必要な調査を綿密に行い、技術的環境的社会的に妥当で最善を目指すのは、重要なことです。日本人の技術者たちは、よいモノを作ろうと、連日、汗だくになって働いています。ただ、今の日本の真面目なやり方だと、必要な配慮もろくにせずにとにかく事業開発権を握って建設してしまうという中国の手口には、到底太刀打ちできません。

日本が税金からお金を出して調査設計の技術援助した案件を、中国が横から掠めて実施して利益を上げようとしているものも多い。日本が作ったマスタープランで提案された案件を、中国が中国の名の下に実施する。事業性の良い開発案件が、中国の資金を注がれ、根こそぎ、ひっさらわれている。また、日本の援助案件で、建設や調達を国際入札し、価格の安い中国企業が競争に勝って業者として利益を得る。挙句、品質の悪い中国業者の仕事に悩む日本人エンジニアは後を絶たない。難しいのは、案件発掘と、設計の技術です。そこを日本が中国のために、税金で援助してやっているようなものです。日本の国益とは逆の方向性になっているように感じます。

途上国は、多くが、明日の電力が不安、1日でも早く道路がほしい、という状態です。そこに、中国の開発スピードは、諸手を上げて歓迎されるものです。それに対して日本の援助は、速度が遅い。調査を何段階も行わないとならない上に、役所、省庁の承認に、とかく時間がかかる。いくら高い技術、環境によい案件といっても、10年掛かるようなら、相手の国に望んでももらえません。

中国のスピーディさと、日本の技術の高さ・信頼性を両立させる、抜本的な姿勢の変換が求められているように思います。案件の検討、承認にかかるプロセスの遅さは我々技術者では如何ともしがたいところですので、ここは官僚の方々に頑張っていただきたいです。

スピードだけではなく、案件の質そのものにも、中国のなりふりかまわなさを感じます。
ホンサリグナイトという計画が、北西部のサイナブリ県にあります。タイと中国で39億ドルを共同出資し、1800MWを褐炭で発電し、タイに送電するという、とんでもない計画です。褐炭の鉱脈がタイからラオスに伸びていて、当初はタイ側に建設予定でした。しかしタイで環境問題が懸念されて反対されたため、ラオス側に建設することになったというものです。しかも燃料は、水分量が高く発熱量が低く、品位の低い褐炭。大量の二酸化炭素と大気汚染物質を放出します。ラオスは、火力発電所の環境汚染だけ受けて、電力は全部タイへ送られる。製品は全部持っていかれてゴミだけ押し付けられる形になります。

ラオスは現在、9割以上が水力発電というクリーンエネルギーでまかなわれ、電力輸出用水力の開発が進められています。世界に冠たる、再生可能エネルギー立国です。そこに今、そんな石炭発電なんぞを作る必要がどこにあるのかと思います。ラオスの水力開発を目の敵にする国際NGOはたくさんいますが、まずこれに目を向けてほしいと思います。

私は水力発電に肯定的です。水力発電が問題になるのは、色々ありますが、主に、ダムが必要な場合、川魚の遡上を妨げる生態の問題と、堆砂、水没地域の住民移転が問題になるためです。生態と堆砂は技術的に解決可能な項目です。避けられ得ないのは住民移転です。どんな人間も、他人の土地家屋資産を奪う権利はありません。住民が納得して移転してくれるよう、補償が必要です。しかし移転後に色々問題がでるため、NGOなどから槍玉に挙げられています。

ただ、例えばナムグム1水力発電では貯水池に豊かな漁場が出現し、移転した周辺住民を潤しています。移転先では、道路や橋、電気など工事のために整えられた基本インフラにより、住民の生活水準は、周辺県よりも相当豊かで、所得水準も二倍以上という例もあります。水力開発においては、住民移転を避けるために計画自体をキャンセルしたり、ダムの高さを下げて貯水池を小さくして、水没地を減らしたり(その分電力は減る)することも、盛んに行われています。そういう開発側の視点は、触れられることがあまりありません。

住民が移転後に、移転前より幸せになれるよう、事業者が綿密な対策を行い費用を注ぐなら、住民移転や用地取得は正当化されると、私は考えています。そもそも、住民移転、用地取得を避けずして、開発はできません。ラオスでも、それらが生じる場合は、Resettlement Action Plan というのを策定し、移転者が一方的な不利益を被ることのないよう、配慮を実施する枠組みがあります。

日本は、この開発と住民の問題について、昔から数多くの悩みと問題に正面から取り組んできました。

例えば、御母衣ダムの「幸福の覚書」という、日本の国の開発の必要と、故郷を守りたい住民が、闘争の末に歩み寄った例があります。

「御母衣ダム建設によって立退きの余儀ない状況に相成ったときは、貴殿方が現在以上に幸福と考えられる方策を、我社は責任を以って樹立し、之を実行するものであることを約束する」

という覚書です。昭和31年、当時の電源開発株式会社が、御母衣ダム絶対反対死守会に対して結ばれたものです。明瞭簡潔にして、開発者の責任がこの上なく込められています。開発者が、涙を流しながら膝詰めて心情を吐露した上で住民に理解を求めた結果でした。これがきっかけとなって、絶対反対の声は静まり、住民が最後には日本の未来を見据えた大局的な立場に立って、ダム建設に自ら協力するという流れになりました。

当時の日本はまさに戦後復興が始まり、電力が国の動力として必要とされた時代。慢性的な停電と朝鮮特需の電力需要の急増の中での、御母衣の水力発電215MWの電力は、救世主です。この「幸福の覚書」は、開発者が住民に対し接する際の、良いロールモデルであると思います。他国に示したい例です。

なお、この御母衣ダムは、「ひぐらしのなく頃に」という有名なゲームノベルのモデルにもなっています。主人公たちがかつてダムの反対同盟側にあり、ダム反対により守られた故郷が舞台だったという点は、プレイヤーには印象深い。それが若者の価値観に影響を大きく与え、ダム開発=悪と単純に印象付けられてしまいかねないのは、残念な点ではあります。ゲーム自体は今の日本の若者文化の底力を見せ付けるような、すばらしく奥の深いゲームだと思います。作成者には尊敬と畏敬の念が沸きます。

ただ、メディアを享受する一般の方々に対して感じるのですが、道路にしても水道にしても電気にしても、今の日本人一人一人は、こうした技術者と開発の犠牲になった人たちのおかげで、開発の恩恵を受けて生活している。その事を、普段から自覚してくださる方が増えればいいなと思います。
便利になった点だけを楽しみながら、一方で便利にしてくれた行為を罵倒するのは、寒いです。そういう人が、例えば停電すると一番先に文句を言うんですよな。

…と、婆くさいことをのたまいつつ。


SEAゲームが終わったビエンチャンは、祭りの後で、なんだかひっそりしています。ちょっと寂しい中、寒い日本を思いつつ、パッキング作業です。
ラベル:ラオス
posted by 入潮 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 途上国開発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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