2011年01月04日

新年銭湯


新年の吉祥をお慶び申し上げます。
皆様とご家族の方々の、御多福をお祈り申し上げます。
今年も何卒よろしくお願いいたします。


年賀状を書こうとし、語彙がないお粗末な頭ゆえに、適当に気の利いた文言を拝借しようと書簡集を眺め、そのまま1日過ごしてしまう。それが近年の行動パターンとなっています。

後年の手間を省くため、もとい、そのうち使わせていただこうと思っているのは、以下の通り。すでに用いたものもありますが。


奉恭賀候
御多福奉恐賀候
清祥恭賀
新年拝賀
新年之吉祥 千里同風
新春之吉慶申納候
貴家皆々御無異御加寿之由、恭賀
御多祥芽出度存候
恭賀新正
新禧
敬賀新正


近年では、「あけましておめでとうございます」「年賀」「賀正」「謹賀新年」などが定型化しています。けれどもこうして並べてみると、新年の慶び方にも無数のバリエーションがあったことが伺えます。大鳥さん一人でもこれだけの言葉を使い分けている。なお、「恭賀」は新年のみならず、おめでたいことがあれば通年通して用いられていたようです。

こうしたおめでたい文言は、主に家族の間、知人の間に用いられているものにみられました。一方で、一月一日から、賀の一言も無くいきなり仕事の話に突入し、問題に終始して対応を迫っている書簡もありました。こちとら新年祝っている閑なんざねぇ、と言わんばかりです。現在のビジネスメールでも、今年もよろしくお願い申し上げます、ぐらいは定型文句で入れますのに。手前の如きぐうたら現代人とは気迫が異なりました。

そんな明治人のご苦労を他所に、手前は正月、徹夜で年賀状を書いて、明けて銭湯朝風呂の柚子の湯に漬かり、熱い黒湯を堪能してきました。極楽。おなじみになった御姉さんたちにも裸で新年のご挨拶です。日本ってなんて素晴らしいのだろう。

最近は銭湯でもエコを標榜し、二酸化炭素排出量の少なさを表すポスターをみかけるようになりました。「あなたが銭湯に来ると、地球はちょっとうれしい」そうです。環境大好き日本人の心を擽る、なかなかの名文句です。自宅でのシャワーより、銭湯に行くほうが個人の二酸化炭素排出量は低いらしい。確かに、一人一人で約180Lの湯を張り替えるよりも大勢ででっかい風呂をシェアしたほうが湯の量は少なくてすむ。そして、流しっぱなしのシャワーより、カランで洗面器にその都度汲む湯の使い方のほうが使用量は少ない。また、家庭用の温水器より、大量に焚ける風呂屋の業務用ボイラーのほうが効率も良い。

数値的にどれ程のものかと思って、試算してみました。
一人入浴一回あたりのCO2排出量。




家庭用では一人当たりの風呂一回当たり2.36kgのCO2排出。一方、銭湯では0.57kg-CO2。つまり、家庭では銭湯の4倍、二酸化炭素を排出していることになります。

もちろん、前提条件によります。上は結構乱暴な想定を行っています。4人が1回の風呂を共有すれば家庭用はもっと少なくなります。一方、時間がたてば風呂は冷めますので、追い炊き無しで入れる人数は限界があるでしょう。ひとまず上では平均2人としました。

家庭用でも温水器効率が0.95というエコキュートなどもありますが、電気はもともと効率が悪いエネルギーです。それにCO2排出については、電気は発電の燃料として何を用いるかに大きく拠る。東京電力は原発の割合が高いので、排出係数はやや低く0.42kg-CO2/kWhぐらいですが、火力発電の割合が高い沖縄電力は0.9kg-CO2/kWhを超えていたりする。この場合、一人当たり排出量は二倍以上になる。

一方、銭湯は、入る人数にも大きく拠る。客が来なくても使うエネルギーさほど変わらないので、集客数の少ない銭湯は排出量は大きいでしょう。また、燃料にも寄る。単に手前がよく行く銭湯はガス焚きだったので上ではLNGで試算しましたが。薪を使用した銭湯もある。墨田区の泉湯や世田谷区の代沢湯、大田区の宝湯など。意外な銭湯が建築廃材を燃やす薪ボイラーを使用していたりします(銭湯に廃材を売ると、有価物扱いとなって、廃棄物の処理コストがかからない)。そうすると、排出係数はほぼゼロで、したがって排出量もほぼゼロになります。逆に重油焚きボイラーなどではもう少し排出量は多いでしょう。

あと銭湯は自前の井戸を持っていることが多い。浄水場からの水のポンプアップにかけるエネルギーを考えれば、その点でも銭湯のエネルギー消費量は少ないはず。

ということで、上表の値は想定条件によって思いっきり異なりうることも付記させてください。

いずれにしても、一家に風呂は最低限の標準装備で、賃貸でも風呂が無いなど考えられない、という方も多いです。しかし、エコとかロハスとかいう、それを口にしたらなんとなく善人になった気がする安易な言葉は好きなのに、自分の便利と快適は手放したくない方も多い。そういう方々にこそ、銭湯をお進めしたいです。

なお、「平成20年環境白書・循環型社会白書」によると、日本の一般家庭で消費されるエネルギーの内、給湯用31.2%、冷暖房用25.9%とのことです。4回に1回を銭湯にすれば、一っ風呂あたりの排出量は約8割になります。これに給湯の割合をかければ、排出量は6%の削減になります。つまり、4回に1回を銭湯にするだけで、京都議定書の目標マイナス6%が、家庭レベルでは達成されます。全部を銭湯に切り替えれば、24%の削減になります。少なくともエコバッグなどよりは余程寄与することでしょう。

というわけで、週に1度ぐらいは、銭湯などいかがでしょうか。家族の絆も深まりますし、集団生活の衛生観念や社会性も学べます。カップルで神田川ごっこなんぞも乙なものでしょう。そして孤独な独り暮らしの方こそ、銭湯でのご近所様との肌のふれあいは、体だけではなく心も温まるものです。そして、風呂上りの火照った体で、夜空を見上げながら食すアイスや飲むビールは最高です。

悲しいことに、近頃廃止される銭湯の話もよく聞きます。銭湯文化ももっと見直しされたら良いと思います。

銭湯も生き残りのために切磋琢磨しておられます。東京ローカルで申し訳ないですが、自分のお勧めは、台東区の寿湯です。露天風呂やサウナ、インターネットなど設備面もさることながら、風呂場にラミ加工のご主人エッセイを毎月掲載したり、シャンプー・化粧水やドライヤーが無料だったり駄菓子が売られていたりする、飽く無きサービスの向上が、素晴らしい。ミストサウナがある墨田区押上のさくら湯、湯質が絶品で森林浴もできる向島の寺島浴場もよく足を運びます。
東京都浴場組合に、都内の全組合銭湯が掲載されています。銭湯めぐりも趣味として良いものと思います。

どうでもいいのですが、これまで熟成してきた辞書が、「銭湯」を必ず「戦闘」と変換してくれます。戦闘のススメとか、戦闘最高とか。どこのサイヤ人ですかという感じです。一方、銭湯ではよく隣国の方が垢すりをしています。その垢が他人にとっては不快なものであるという意識があまりない方が多い模様。しかも彼らはなぜか上流(排水溝より遠い席)が好き。よって垢が大量に下流のこちらに流されてくる。一言何か言いたくなります。ちなみに、垢すりは、肌のバリアである角質をこそぎ取り、肌理を破壊して肌の老化を早めたり、炎症状態になって黒ずみ・色素沈着の原因になったりする。肌にとって良くない行為であるという認識が、現在美容医学の常識であるそうです。今度垢すりを見かけたら、論じてみようか。しかしそうすると多分かの国の方の文化行為について物申すことになり、口論、そして戦闘になりそう。ぬぅ、風呂でまで戦いたくはない。平和と健康と美容のためにも、垢すり禁止の銭湯が出現してほしいものです。

なお、いい気分で茹だったまま道路横断し、車に撥ねられて腰と肋骨を折り、その記憶がないまま入院した馬鹿者も昨年おりました。銭湯からお帰りの交通にはどうかお気をつけ下さい。

えぇと今年一年、怪我病気で人様にご迷惑おかけすることの無いよう、肝に銘じて慎重に生きたいと思います。今年の抱負は、もうこれだけ。


タグ:銭湯
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2011年01月05日

マツノ書店の同方会誌復刻


マツノ書店さんの今年の復刻予定を見て、仰天された方も多いのではないかと思います。
私は畏怖しました。

三・四月:
「維新史料編纂会公演速記録 全三巻」、及び
石橋絢彦著「回天艦長 甲賀源吾傳」

今年中:
「同方会誌 全十巻」

どこまで、幕末明治ファンの懐を寒からしめれば気がお済みになるのだろうと、空恐ろしくなりました。ファン垂涎でありながら、採算を取ろうとは考えてないのではないだろうかと疑ってしまうようなラインアップです。大衆に受ければそれで良しなマスメディアとはベクトルを全く異にし、歴史という学術分野で実質的に貢献する姿勢を貫いておられます。「売れる本に良い本は無い」と、とある教授がおっしゃっていました。自分の本が売れない言い訳だと笑い話にしておられましたが、真実だと思います。その意味で、マツノ書店さんは真に「良い本」を追求しておられると思います。

前二つももちろん、ファンや研究者は喉から手が出るほど欲しいものでしょう。同様の旧幕臣の雑誌である「旧幕府」などは、ある意味メジャーです。様々な文献で引用されているので、その名を目にする機会は多いです。図書館にも県立などの大きな図書館ならお目にかかれます。


しかし、「同方会誌 全十巻」これは、所蔵している図書館を探すだけで一苦労です。東京では千代田区、港区の区立図書館、都立図書館にありますが、多くの場合、禁帯出です。

「同方会誌」は、幕臣の社交会である会の機関紙のような存在かと思います。「同方会要旨」として、明治三十年三月号には以下の通り説明があります。


本会は旧幕臣の子孫を以て組織し、十六年以上の者は業務の如何を問わず入会を許す。現に博士学生軍人官吏実業家操觚者ありて完誉なる一の社交倶楽部なり。本会は交互知徳を研磨し友誼の親密を謀り、兼て吾人の風気を発揚するを目的とす。故に年二回宴を開き、三回茶話会を催し、且、数回報告を発刊して諸君に頒つべし。本会員は在京地方の二種に分かち、会費として在京会員は毎月7銭、地方会員は半箇年分二十四銭を前納せらるべし。但、宴会費用は出生記者より徴敗す。本会は旧幕臣若くは旧幕に特別の縁故ある者は幹事会の決議を以て賛成員とす。但別に会費を要せず。本会は明治二十八年の設立に係り、榎本子爵を会長に推戴し、現今賛成員四十三名、会員殆ど二百名を有す。


要するに、明治28年設立の旧幕臣の子孫の社交クラブとのこと。いかに名声が高くても旧幕臣、あるいは旧幕に「特別の縁故」がなければ仲間には入れない。
なお、設立時の誌名は「同報会報告」であり、後に「同報会誌」と改名されました。ここでは「同方会誌」でまとめて呼びます。

2008年に新書で出版された「幕臣たちの明治維新」で、同方会は「薩長偏重の歴史叙述への反発」「従来の制度・文字・風俗・美術の多くが破壊された、その風潮を作り出した明治政府を暗に批判」「時勢に対してのささやかな抵抗の意思を表明」したとされ、江戸会、旧幕府、旧交会など一連の幕臣の互助会の一つとみなされていました。

一方、そんな後ろ向きな恨みがましい記事は、同方会誌にも旧幕府にも無いように思います。旧幕臣たちの明治・大正社会における成果、江戸時代で後世に伝えるべき文化、幕府の行政で現在においても有用なもの、混乱期・戦中における記録など、現代から見ても史料価値の高い記事が多数収録されています。各記事からは、当時の旧幕臣の方々の素養の高さ、社会的責任感の高さ、そして現在を前を向いて生きていく姿勢の正しさを感じます。同方会誌は、現在になって旧幕臣を負け組扱いするような歴史観への格好の反論材料ではないかと思います。

そうした点を脇に置いても、一つ一つの記事の情報量はすばらしいです。
会員の方が亡くなると、追憶記事ということでその方の小伝が語られます。ちょっとした伝記です。マイナーな方なら武鑑や旗本事典など様々な資料を重ね合わせないと見えてこない経歴が、一括でまとめられていたりします。
幕臣を一人一人丹念に追いたい方には、まさにバイブルと言うべきでしょう。

幕臣研究では右に出る者がないとされる樋口雄彦氏の論文の出典にも、必ずこの「同方会誌」が現れます。
この「同方会誌」に続くとしたら、「江戸会誌」そして現在も続いている「柳営」ぐらいでしょうか。

同方会誌の「異動」欄も、重宝します。会員の転居や入会・脱会・改名、そして死亡について、住所つきで、毎回収録されています。よって、旧幕臣の会員の行方については、これにより判明するものが結構ある。
この件についてはこちらの記事でも紹介させていただきました。

手元にあるものから、記事の項目をピックアップしてみます。年代順なのでカテゴリはバラバラです。また、旧字を現代文字に置き換えています。単に入力に楽だからというのもありますが、検索の引っかかりやすさも意図していたりします。


丸毛利恒氏彰義隊戦争実歴談抄
本山漸氏佛教の所感
故小菅智淵君小傳
幕府軍艦開陽丸の始末
開陽丸に於ける勝安房と榎本和泉守
故沢太郎左衛門氏の略歴
本多静六氏もりそん探検談
氷川翁書生談
佐久間貞一君を悼む
故外山正一君小傳
故沼間守一氏
林(董)公使の清国談
旧幕の仏蘭西語学校
武田成章氏の三浦見聞誌
維新前の大阪城の結構
合衆国政府の遣日使節記録
彼理渡来当時の実歴談
巴里万国博覧会に就て
大鳥圭介翁と写真術
島田三郎 徳川慶喜公
本多晋 維新前後の経歴段
旗本論
石炭の経済に就て
幕府の軍事教育
江原(素六)先生を訪う
欧航徒然草
芥舟木村先生文
加藤(弘之)文学博士蘭学談
軍事郵便物差出方
伊庭想太郎氏の近状
故法学博士田口卯吉君履歴
戊辰上野戦争の日
福地源一郎氏の略伝及逸話
碧血碑の祭典と榎本武揚
日本倶楽部の林董大使招聘会
明治二年俘虜となりし林董子
榎本子爵懐旧の涙
木村駿吉氏の無線電信
戊辰伏見戦争談
蒸気タービンの話 工学博士富永敏磨
幕末の人傑 岩瀬肥後守と水野筑後守
略譜 赤松則良、赤松喬二、天野可春
故松本順男の寛量
伊庭想太郎氏逝
在監中の伊庭氏
如楓家訓 男爵大鳥圭介
戊辰伏見戦争談に就て
豆州途上懐故江川坦庵
大鳥如楓男の別墅(別荘)
噫会長榎本子爵薨
榎本子爵令姉の逝去
昔を偲ぶ彰義会
井伊直弼の銅像に就て
前将軍の御幼時
島田三郎氏と東京毎日新聞
故外山博士記念講演会
妻木式コルバルワニス
松平太郎逝
故榎本子追弔建碑式
三好博士祝賀会
渋沢男退隠
荒井郁之助翁述懐
故榎本子爵一周忌
中島三郎助君肖像及筆跡
傑士中島三郎助君
中島三郎助君招魂碑
故榎本子爵銅像
箱館戦争の軍資
荒井郁之助君墓碑銘
「大鳥圭介傳」成る
沼津兵学校沿革
故榎本子爵の談話に就いて



…という感じで。これでまだ半分に及んでいません。

抽出が戊辰・箱館戦争関係者に偏っているのは私の趣味だからですが。他の幕臣の方々も、もちろん多く語られています。
榎本さんは特に会長だけあって、事あるごとに記事に出てきます。ファンの方は必見だと思います。

一次史料とされる記録も多く、後に別の形で復刻されているものも多々あります。同方会誌から旧幕府に転載された記事も結構みられます。根拠を同方会誌に拠れば、ひとまず信頼性は担保されるでしょう。一方、小さな記事などはこの同方会誌でしか確認されないものも多いです。会員の方の詩文や異動記録などもそれです。また、復刻の過程でそぎ落とされてしまった貴重な記録も多々あります。大鳥圭介獄中日記の登場人物のその後を注釈として記した丸毛利恒補注などは、その最たるものでしょう。丸毛のおかげで明治の動向が判った箱館戦争参加幕臣も多いです。そして、こちらに修められていなかったら、中盤以降の獄中日記そのものも現在日の目を見ることはなかったでしょう。
この雑誌自体が、歴史の証人と言えるかもしれません。

その同方会誌を全十冊、復刻に踏み切ってくださった。西の地を拝む思いです。

同方会誌復刻予告の御葉書には、マツノ節が炸裂されていました。

「稀覯本の復刻を始めて三十七年。ついにオンリーワンかと見渡せば、周りには猫の子一匹おらず、さてはロンリーワン?」

もはや、偉大すぎるお背中に、とても後続する者が現れられないのではないかと思います。


タグ:同方会誌
posted by 入潮 at 07:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 幕末明治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月25日

歴史コンサルティングとな。


「幕末ペン 大鳥圭介」

大鳥さんもこういう商品に登場するようになったのですか。
しかも、「在庫不足のため購入ができません。」との由。品切れになるまで、売れたのですか。

紹介文に「学者・軍人・官僚・工学者・・・ 稀有な才能に恵まれた、幕末の豪傑」とあります。
こういう業界にも、「工学者」の実績が認知されるようになったのは、目出度いことです。

榎本さんバージョンもあります。

「いまでも横須賀あたりでは、彼の身なりを真似た輩をたまに見かける」

と、人物説明にあります。「真似た輩」をぜひ拝んでみたいのですが、横須賀のどのあたりなのでしょうか。実はこの紹介文の著者こそが、「真似た輩」だったりすると楽しいのですが。

家紋の色が、榎本さんが海の青、大鳥さんが空の青、なのだそうです。見て区別はつきませんでした。白鳥は、悲しからずや。


上サイトにあるようなグッズ販売がビジネスとして成り立って、次々に商品開発されているところを見ると、歴史エンターテイメントブームはまだもう少し長続きしそうです。というか、業界が続かせようとしている気配です。

自分の発明や機能の工夫によるものではなく、他人の知名度に寄りかかったこうした商売は、昔から多々あります。アイドルのブロマイド売りとか。そういうものを応援したい気は、特には無いのですが。

上商品を販売する会社が、「歴史コンサルタント」なる業を営んでいるということに、さらに吃驚しました。WPによると、歴史イベントの実施、戦国ミステリーツアーなどの企画、全国催事への歴史グッズの卸や出店、さらには歴史出版物・商品開発の助言、情報提供、専門知識や素材の提供、などが業務内容に挙げられています。

こうした業務がコンサルタント業として成り立つようになった。歴史を収益性のある娯楽エンターテイメントに変換するためのノウハウそのものが、事業の糧になる。アイドルのブロマイドの作り方、売り方、場所や機会の作り方を教えること自体が商売になる。

歴女に代表されるような娯楽歴史のブームの存続そのものが、会社の存続を左右するわけで。彼らは自社の収益のために、ニーズそのものを作り出し続けねばならない。

歴史で町おこししたい地方の事業者、公共団体などはこうしたサービスの主要なお客様になるでしょう。ただ収益のためのエンターテイメント化の手法に多様性はそんなにない気はします。すると、場所と対象人物の名前とキャラが違うだけで、やっていることは同じ、ということになりかねない。ただ、それが違えば消費者には十分なのでしょう。そして消費者に受け、企画品が売れれば、事業者としては満足なのでしょう。

ドラマなど大衆メディアで光が当てられたからハコモノを作って地元へ人を呼び、イベントや企画で盛り上がるのは良いでしょう。

しかし、それは5年後、10年後と続いて行きうるものなのだろうか。却って地方の停滞を招かないかと思ったりもします。その時だけで盛り上り、その後は消沈して終わる、資料館など作ったは良いが、集客力が続かず、維持管理費ばかりかかって赤字が地方の負担になる、などということにならないのかろうか。その時その年は良くても、旬な人物が移り行けば人が他所へ流れてそれで終わり、となりかねないように思います。

コンサルタント会社には顧客は多いほうが良いのだろうけれども、持続性まで考慮して企画立案して下さるのだろうか。

と、余計なお世話なことを思ってしまいました。

歴史はそれ自体、産業ではありません。歴史は地方の一要素にすぎず、本当に重要なのは、現在何の実質的な産業が地元にあるかということです。温泉でも、酒でも、企業の工場でも、職人の技術でも。それ自体が民間活動で収益をもたらしうるもの、地方の特色を持って他の地方との競争に勝てるもの、そしてそれが持続するものであることが、地方にとって一番大切なものでしょう。

歴史は、人が地元に愛着を抱く土台かと思います。この大好きな地元のために働きたい、地場産業に競争力をつけたい、故郷のために税金を払ってもいい、と人々に思ってもらうための、人づくりの要素としてにこそ、本当の価値があるのではないかと感じます

歴史により、流行に乗り目先の短期間の収益を目指すのもよいですが。長い目で見た歴史の活用にこそ、主眼を当てれば良いのではないかと思います。
そういう意味で、町の歴史の主役は、他所から来る歴女さんではなく、そこに住む人々でしょう。歴史で町おこしするなら、自分の町にいる歴女さんたちに、他所で消費してくるだけではなく、自分の町に愛着を持ち自分の町を発展させようという気概と能力を持っていただくような取り組みが必要なのではないかと思います。


さて、まったく話は変わりまして。

中国で、現代日本を紹介するムック誌が発刊されたそうです。その名も「知日」。北方婦女児童出版社より。こちらの記事によると、「在日作家の毛丹青を主筆に迎え、編集長以下ほとんどの作り手が、現代の日本文化に関心が深い“80后”世代。“it is Japan”をキャッチコピーに掲げ、中国人の若者が、中国人の目線に立ち、中国人のために作る日本専門誌」 だそうです。

中国も韓国も、歪な歴史認識とは別腹で、若者は日本のサブカルチャーに多大な関心と、ある意味畏敬の念を抱いています。日本のお家芸の技術が中国でコモディティ化されてしまって世界で競争力を奪い、家電や車は中国製品、韓国製品に席巻され、日本製品が世界の中で存在感を失いつつある。それは、経済誌で日々特集されている通りです。明日の日本はどうなるのだろうという不安の中で、日本の文化やアートは、われわれが今後生き残るための重要なソフトウェア産業の一つとなりうるものではないかと思います。

そうした中で、「知日」のような雑誌の発刊は喜ばしいことと思います。
が。
そのサンプルページを見て、目を疑いました。赤いバックグラウンドに、でかでかと。

「歴女」

とある。
そんなもの紹介してくれるな。
そうつい思ってしまったのは、咎められることではありますまい。

中身の記述ですが。「日本女性喜愛追逐偶像的名声」とか、よくわかっていらっしゃる。東京神田小川町の歴史書店では、2006年までは中年男性の顧客ばかりだったのに、今は女性が40%占めているとか。その消費者規模層の大きさが700億円(多分。単位が書かれていない)とか。

歴女もとうとう、日本文化として他国に紹介されるほどになりました。
いっそ中国に歴女ブームを輸出したら、それはそれで楽しいのではないかと思います。三国志マニアの歴女の交流とか、いいんじゃないですか。歴史コンサルタントの方にも、良い市場になるのではないかと思います。投げやり的にそう思いました。


posted by 入潮 at 02:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 幕末明治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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