2011年05月05日

Twitter110427-110504

帰国してネット環境が良くなり、初めてフォロアーやリツイートや@の使い方が分かりました。遅いと、読み込みできる機能が限られるらしい。それはそれで良いサービスかもしれない。
価値ある、役立てられる情報を含む呟きが、リツイートで広められる。その一点の着眼点が、Twitterがソーシャルメディアとしてここまで注目された所以かと思いました。

irisiomaru ストライキ中。タムサリン族・ネワール族が政府に対して早期新憲法制定と自民族の権利主張を要求するため、バンダ(ストライキ)を実施しているとのこと。ストライキになると道路封鎖、車両・バスなども通行不能。早速道路が機能していない。この忙しい時に勘弁してください。 at 04/27 08:48
irisiomaru ストライキと言っても暴動のようなものではなく。雰囲気だけ見ていると祭りみたいだ、とぼそりと言ったら、ネパール人は祭りがない日は暇だからストライキをやるのだと地元人に言われた。もちろん冗談だが、冗談だと笑いきれない所がある。 at 04/27 08:51
irisiomaru というわけで本日は出勤できず待機中。周辺はいつも酷い渋滞で車がひしめいているが、その車の姿が一切消えた。代わりに、仕事ができなくて暇そうな人たちが道路でブラブラしている。車がないと空気がこんなに良いのか。いつもこうだと良い。良くないが。 at 04/27 08:52


irisiomaru 5月4日。上郡の没後百年記念行事の終了後、大鳥圭介100回忌として、13時頃から岩木生家の記念碑の前にて、大鳥家の菩提寺の浄願寺のお坊さんが、岩木自治会長さんたちと共にお参りをされるとのことです。自治会の方が圭介そばの腕を振るわれる由。記念行事に参加される方はこちらへもぜひ。 at 04/27 08:54


irisiomaru 国会図書館近代デジタルライブラリ。「2月から延期していた館内限定公開資料の追加が完了。今回追加されたのは、著作権処理の終了していない昭和前期刊行図書、約7万7千冊(約5万6千タイトル)です。 」 ありがとうございます! ビバ国会図書館!ネットで閲覧できず、館内のみですが。 at 04/27 12:42
irisiomaru 昭和前期の資料は多くが劣悪な酸性紙がボロボロ。国会図書館別室で閲覧、複写不可。ページをめくりながら鉛筆でメモを取るにもそれだけで文献を傷めてしまいそうで神経を使っていたのだが。国会図書館にさえ行けばこれで複写も取れる。嬉しい。良資料を後世に残すたゆまぬ活動に感謝。 at 04/27 12:44
irisiomaru 嗚呼気になるのが一杯ある。昭和10年「最新写真科学大系」とか。「残るかをり」って何。「警察修養読本」って大鳥と何の関係が。今や貴重な山崎版平凡社フルルビの「大鳥圭介南柯紀行」ももちろんある。呪わしくはここがネパール。どこでもドアが欲しいですどらえもん。 at 04/27 12:49


irisiomaru 関が原の戦いで、家康側の勝因が鐵砲より甲冑にあったという興味深い特集が、海外NHKのJapanologyという番組にあった。和蘭の難破船に積まれていた西洋鎧は、火縄銃の弾を貫通しないことを家康側は発見。一方和式の甲冑は弓矢や槍しか想定しておらず、火縄銃弾丸は貫通する。 at 04/29 23:40
irisiomaru 難破船発見の半年後、家康側は頭と胴の部分に西洋鎧、手足は動きやすい和式を採用した和洋折衷甲冑を考案。これにより、火縄銃の弾を恐れずにすむ、しかも山中や原野でも動ける甲冑が実現。これが、関ヶ原の戦いにての勝因につながったという由でした。武器ではなく鎧が勝敗を分けたと。 at 04/29 23:42
irisiomaru しかし、特にジャイロ効果が適用されるミニエー銃以降は貫通力が増して、鉄板でも防げない。これで鎧が重いだけの無用の長物に。それ以降の戦争絵画は皆軍服になる。それでも、戊辰戦争で甲冑や楔帷子を着て、被弾し破片が肉に入って難治で苦悩した例が散見された。情報不足というのは怖いもの。 at 04/29 23:49
irisiomaru と、戦はハードの改良があり、それを運用するソフトが組み合わさって、勝利に結びつくもの。これが、指揮官のカリスマとか指導力とかそれだけで説明されようとすると、本質がよく分からなくなる。これは、どんなプロジェクトでも同じだと思った。 at 04/29 23:56
irisiomaru @beads_amuse JINはドラマ化していて今旬な話題だったのですね。洪庵先生の人徳と独特な迫力が再現されているといいなと思います。消費電力数Wの高輝度LEDライトで定電流点灯のものがお勧めです。蒸しタオルなどでも目の疲れを癒してくださいませ。 at 04/30 07:54
irisiomaru @itaru_ohyama ご教示ありがとうございます。南蛮胴の中央凸部から弾を逸らす実証は興味深かったですが。関ヶ原勝因説はトンデモ説でしたか。TVソースはやはり鵜呑みにせず、自分で資料を捲って裏を取らないとならなかったです。 at 04/30 08:00


irisiomaru 大鳥の「石炭編」と「山油編」をA4x1枚に纏めるという、非常に苦痛な作業を行った一日でした。書くべきことが多すぎて削るのが辛すぎる。結局、目次を羅列して終わってしまった。オイルが水溜りに染み出て油膜になっているのを、虹のようだとキラキラしている大鳥さんが書きたかった。 at 04/30 23:16
irisiomaru 今気づいた。石炭編他、開拓使の産業視察の復命書かと思っていたが。あの大作。「世の人の工作を開く道しるべとならんことを希う」と。別に命令されて書いたわけではなく、大鳥の自発的な作業だったようだ。そうだよな。でないとあんな抑えきれない楽しさを感じさせる文章は書けまい。 at 04/30 23:21
irisiomaru 後、石炭編の付録。「石炭坑改方の法律」15+13条の規律を記し「人命を救ふに一助と為んことを希ふ」。政府に「石炭坑改方」の役職を置き、事故原因を探索し予防法を厳守させ死者数を減らした例より。「不慮の厄を免れざるは畢竟法律を犯すより起る者とす」。どの工事でも同じです。肝に銘じます。 at 04/30 23:42


irisiomaru やっと日程の目処が付いた。5月1日ネパール出国、2日朝日本帰国→出社、3日東京→関西、4日上郡、5日関西→東京、6日出社、7日出国。綱渡りのドタバタですが。4日の没後百周年、楽しみです。 at 05/01 00:11
irisiomaru バンコクにてトランジット中。本日の夜行にて成田へ。このスワンナブーム空港は最初不評だったが、来るたびに椅子が増えたカウンターの位置が分かりやすくなったり、少しずつ改善している模様。インドシナ地域のハブ空港の地位を堅守しようとしている。ただPCに使える電源の少なさは変わらないのが。 at 05/01 19:05
irisiomaru 成田に着。眠い。いつもながら、Welcome Japanと共にある「おかえりなさい」メッセージにはじーんとします。節電のため、下りや歩くエスカレータなどのサービスは動いていない模様。こうした取り組みは良いです。というか普段どれだけ最低限ラインを超える贅沢をしているのかを感じます。 at 05/02 05:41


irisiomaru 石炭編原稿で、字数制限から泣く泣く削った文を投じてみる。
「圭介は箱館戦争時、既に北海道産業の将来性につき考察していた。ランボッケ峠にアンチモンが算出する旨を記したり、牧畜の可能性を漢詩に詠んだりしている」 at 05/02 07:39
irisiomaru 榎本武揚は先に北海道資源調査を行い、「北海道巡遊日記」で幌内炭田の発見に触れた。大鳥や荒井がライマンと共に行った炭鉱調査はこれを引き継ぐ事業化調査だった。山内堤雲が煤田開採事務係事務長として開発実務に携わり、黒田が国家的開発を承認させた。幌内炭鉱は箱館戦争関係者により実現した。 at 05/02 07:40
irisiomaru 大鳥は天幕を張って野宿しながら山谷の間跋渉した。案内のアイヌは熊を射殺して大鳥に皮を与えた。ある清水から水を汲み湯を沸かし渇きを凌いだ。ここを湯呑沢と名づけた。今の岩見沢の由来かもしれないと後に大鳥は語った。ライマンは層雲峡の奥深くの未踏の地の川の名に、大鳥川、荒井川と名づけた。 at 05/02 07:47
irisiomaru そして、ここに投じるにしても、やはり140文字字数制限に苦しむことになる。決められた字数で書くと言うことの難しさよ。しかし本質、要点を抽出し分かりやすく短時間に伝えるための、良いトレーニングになりそう。言いたい事をダラダラ書いても、要点がボケて伝わらなければ意味が無い。 at 05/02 07:51


irisiomaru 東京の空気の良さに感動。大型車がガンガン走っている新宿通りでも、普通に深呼吸できる。凄まじい交通量でこの空気を維持できているのが凄い。それだけ質の良い燃料、不完全燃焼の無いエンジンをこの国の車は採用しているということ。規制があること、規制が機能していることの素晴らしさを感じる。 at 05/02 19:13
irisiomaru 停電時間もバッテリーの残量も気にしなくて良い。蛍光灯が明るい。水道水も毎日出る。川から悪臭がしない。道路端がゴミに埋もれていない。舗装されきっていて砂埃がほとんどない。信号が機能している。コンビニおにぎりが旨い。バスのドアがきちんと閉まる。素晴らしい。 at 05/02 19:19


irisiomaru @jica_direct「平成23年度第一次補正予算が5/2成立。本年度JICAの事業規模、技術協力が1,433億円、有償資金協力は9,500億円」この国内状況でなおODA予算を1.1兆円確保。ODAを削り復興資金に回すという考えはなかったらしい。これをどう見るか。 at 05/03 10:13
irisiomaru 自国より他国のほうが大事かという嫌な見方もあるだろう。が、日本が他国で行っているインフラプロジェクトは数年越し。資金を止めて凍結させるわけにはいかない。先日ネパールのある省の方に「日本はこの大変な時期にも関らず支援をやめず、エンジニアが汗を流してくれている」と感動された。 at 05/03 10:15
irisiomaru 単に、帰りたくても契約上の義務を放棄するわけにはいかんからですが。ここで仕事を止めボランティアなどに出るよりも。この時期だからこそ誠意ある印象深い仕事を他国で遂行し、日本の品質の良い製品を何とか調達してその優位性を示して国益として返すほうが、恐らくよほど復興に資するのだろう。 at 05/03 10:18


irisiomaru 夢のような1日でした。400名入りのホールがほぼ満杯。けいすけじゃ。動いている、しゃべっている。洪庵先生の眼光の鋭さや、巌谷の男くささもたまらない。声優さんの迫力。背景の手作り感も良かった。絵コンテ、作画、背景、着色、音楽、効果、撮影、脚本、声優、それぞれ真剣が真剣を呼んでいた。 at 05/04 18:45
irisiomaru アニメはそれぞれのスキルの専門家が終結し、ひとつの作品として総括する、一大プロジェクトだということが良くわかった。普通に作ると数千万円かかる。それをよくあの予算で作り上げて下さった。ボランティアの方を動かすにも、まず基本の伝達から。凄まじい苦労があったことと思う。本当に尊敬です。 at 05/04 18:48
irisiomaru 一方講演は、今朝3時までパワーポイント原稿を作成していた体たらく。時間制限からその半分も使えなかった。生い立ち・戊辰戦争は総スキップ、明治5〜15年に集中したが。それでも言いたいことの1/3も終わらなかった。明治大鳥、45分の制限時間内で語るには、濃すぎました。 at 05/04 18:50
irisiomaru 5月14日サンテレビ9:00〜、大鳥圭介没後百年記念イベントにつき放送予定。アニメけいすけじゃ監督藪本さんのインタビューが、熱かった。原画展も、工夫と愛が込められて圧巻でした。ここまで愛着を持って本気で取り組まれた、町役場の方々、スタッフ・関係者の方々に脱帽、拍手、尊敬。 at 05/04 19:01



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2011年05月13日

大鳥圭介没後百年記念


2011年5月4日の大鳥圭介没後百年記念、けいすけじゃアニメ完成披露会・講演会。
於上郡郷土資料館大ホール。

上郡の皆様の、大鳥圭介への愛着と敬意、そして真剣さにあふれたパワーをこの上なく感じました。幸せな一日でした。

役場の皆様、岩木・石戸自治会の皆様、アニメスタッフの方々、縁人全会など関係組織の方々、そして地元住民の方々のこれまでのご活躍の集大成であり、今後の活動の礎となる記念する日になったと思います。

当日のプログラムは以下の通り。

1. 開会の挨拶(山本町長)
2. 講演会「国づくりと大鳥圭介」
3. アニメ「けいすけじゃ」完成披露会
4. 閉会 (高橋副町長)
5. 原画展

その後生誕地にて。
・大鳥圭介百回忌法要
・ふるさといきいき資料館


1. 開会の挨拶
山本町長の情熱が込められていました。普通このような式典の辞はお決まりの文句が多いのですが。町長はこれまでの顕彰事業に関わる皆さんの活動を町の支援という形で携わっておられ、議論も重ねてこられました。山本町長の感謝と関係者の方への敬意が込められていて、いいスピーチでした。

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2. 講演
要旨は以下の通り。
「圭介の著作や論考を紹介しながら、近代国家日本の国づくりに果たした圭介の以下の役割について、特に注目する。
・大蔵省・開拓使理事官大鳥圭介と産業視察、石油・石炭
・技術官僚大鳥圭介と工場・インフラ開発、内国勧業博覧会、特許
・教育者大鳥圭介と工部大学校・商法学校
・産業振興者大鳥圭介と工業新報、地方開発
・文化振興者大鳥圭介と外交、文化、詩文
また、真摯で、自然への共感性が大きく、諧謔に富む大鳥圭介の人物像にも触れる。大鳥圭介の業績と人物像が広まることは、上郡の人々の地域への愛着を高め、地域の活力に資することになる」

講演に用いられたパワーポイント資料PDFがありますので、ご要望の方はメールかコメントでお知らせ下さい。ファイルをご送付させていただきます。

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3. 「けいすけじゃ」アニメ完成披露会

・スタッフ紹介、感謝状贈呈

上郡町長からの感謝状贈呈が、原作者の半沢氏、西沢氏、薮本氏に行われました。
また、薮本さんによる、アニメスタッフ・ボランティアの方のご紹介が行われました。人前に出るのは苦手とご謙遜されながら、一人一人ご紹介され、会場を和ませてくださいました。

「けいすけじゃ」は、「大鳥圭介伝」を丹念に読み解き、当時の情勢を重ね合わせた上で、丁寧に分かりやすく構成された、大鳥圭介伝記漫画です。勝海舟やみちとの出会いなど創作のパートもありますが、資料として扱って問題ないほど、事実と記録に誠実に作られています。

「けいすけじゃ」は上郡民報に1993年4月から1999年11月までの間、6年半年の長きに渡って連載されたものでした。その間、ほぼ毎月連載を続けられた作者半沢祐人氏と考証の西山昌夫氏、上郡民報を発行された山本新聞社さん、皆さんの、長きに渡る労力と苦心の結晶です。当初は小冊子に収まる程度の予定だった所、半沢氏が大鳥圭介の人生に触れるにつれ、それでは収まらなくなり、腰をすえて取り掛かられたとの由。合計64回の大作となりました。原作・考証・印刷全てメイドイン上郡の作品です。

そして、アニメ「けいすけじゃ」もまた、上郡町と上郡・周辺地域の方々の手で作成されました。

アニメ「けいすけじゃ」の特色は、町という地方公共団体が主体となって作った事。作り手もまた故郷の人々であり、数々のボランティアを巻き込んだムーブメントであったことの二点が、まずあるかと思います。

作画監督は、上郡出身の薮本陽輔氏。ゲゲゲの鬼太郎、リングにかけろシャドー編などで作画監督、金色のガッシュベル、銀河鉄道999、金田一少年の事件簿、銀河漂流バイファムなど諸作品で原画を手がけられた方です。アニメファンの方には有名な方で、薮本氏の作画のファンの方も多いです。

プロデューサーは、西沢信孝氏。アニメ界の古老の方。東映動画(現東映アニメーション)にて、マジンガーZ、銀河鉄道999、魁!!男塾、パタリロ!、ダイの大冒険、スラムダンクなど、数々の作品の監督・演出を手がけられた巨匠の方です。西沢氏が絵コンテ(漫画のネームに相当)を手がけられました。

アニメは1回5分、計20回。一方、「けいすけじゃ」は、時代背景まで丁寧に説明して大鳥の立ち位置を描いているので、情報量がとても多い。また、登場人物も200名を超える。アニメ化するには非常に難しい題材だったとのことです。まずどうやって尺に収めるか。そこから始めなければなりませんでした。
薮本さんは頭を悩ませて、西沢氏に教えを乞われたとのことです。西沢氏は御年70を超えながらこの大任を引き受けられました。また、西沢氏は途中入院され、ベッドの上でまで絵コンテを描かれていたそうです。

そして、スタッフの方々。
元アニメーターで現在隣町の主婦だった坂本さんが現場復帰。また、薮本さんと同級生で同じ美術部だった大内さん、撮影の専門でケーブルテレビの数々の映像を担当されている袖山さんなど、技術のある方を中心にチームが組まれました。

驚いたのは、アニメは数々の特殊スキルを有する専門家の集まった一大プロジェクトであるということでした。作画、背景、彩色、撮影、音響、効果、音楽、声優。それぞれの役割を統括して一つの作品が出来上がります。

そもそもアニメ製作は、数千万円〜億円単位の、非常に費用がかかる物です。通常の作品は、放映によって宣伝利益を受けるスポンサー企業が付きます。一方、「けいすけじゃ」の資金源は、上郡町と、「活力ある地域づくり支援事業」という宝くじを収入源とした助成金でした。助成金の金額は三百万円程度だったと聞いています。

費用不足を補う為に、ボランティアとして町の内外の人々の参画が呼びかけられた、というのは、ある意味苦肉の策だったでしょう。上の役割を補う方々には、中高生や若い方、未経験の素人の方も多かったでした。

仕事をする際に、自分が手を動かせば早く済む事が、人に教えてやってもらおうとするとよほど大変になる、ということは誰も経験したことがあると思います。経験や技術のばらつきも、当然あります。
スタッフが、慣れたプロの方のみというほうが、よほど楽でしょう。

ボランティア参画による製作について、ある掲示板で「無茶すぎて笑った」などと揶揄されたこともありました。

それを、スタッフの方々が、ボランティアの方々を一人一人手ほどきして技術を教えられ、一つのチーム「アニメ製作伝習隊」として作品を作り上げた。そこには並大抵ではないご苦労があったことでしょう。この事事体、一つの偉業と呼ぶにふさわしいと思います。

録音は、若い声優を養成する神戸アートカレッジで行われました。声優には、上郡の若い方、自治会の方々のほか、アートカレッジの声優の卵の方々も参加されました。

また、背景などは高校生の方が描かれた写生画なども含まれていて、非常に質の高いものも多かったです。

アニメの参加経験は、美術方面、声優やアニメータ、クリエータを目指される方々には、貴重な経験と実績になったことでしょう。アニメという一つのプロジェクトに若いの年代の様々な分野の方を巻き込んだことで、社会の人材育成の役割も担うことになったと存じます。

これも、それぞれの役割の方々の熱意が、熱意を相乗効果で呼び合って、可能になったことではないかと思います。

元々は、地元のケーブルテレビにおいて、大鳥アニメがあったらいいんじゃないか、というちょっとしたアイデアからだったといいます。
これを実現しようとまず行動を起こされたのが上郡役場の方々です。これまでの顕彰事業を足場に助成金を探しつつ、財政逼迫する中で町の予算を確保した役場の方々の想いがありました。

薮本さんは、役場の方々の熱意と真剣さに打たれ、自分も片手間ではとてもできないと感じられ、東京の現業を停止をして、上郡に戻られたとの由。

「官公庁や地方公共団体が作るアニメは数々例があれど、それらは全て、製作会社に外注したものである。町が自ら動き、町民がボランティアとなって製作した例は、ほとんどない、おそらく初めてではないか」

薮本さんは、そう仰っていました。
そして、「アニメ『けいすけじゃ』はボランティアの方による作品である」と明言しておられました。

数千枚の原画を描き、原作の雰囲気を決して壊さず現代風にアレンジして魅力を高め、背景まで緻密に史料を調べて時代の雰囲気に拘り、ボランティアを指導され、スタッフの方々と昼夜議論を重ねられ、誰よりもアニメ「けいすけじゃ」に心血を注ぎ込まれたのは、薮本さんだったのではないかと思います。もちろん、坂本さんや大内さんはじめ、薮本さんの真剣さに勝るとも劣らないスタッフの方々の労力も大きく、誰一人欠けても為しえなかっただろうと存じます。

また、薮本さんは「アニメは見ていただいて初めて完成するものである。今日見てくださる方々も、製作に参加してくださるスタッフの一員である」ということも述べられました。この言葉の中に、チームのまさに中心でご苦労に苦労を重ねられた薮本さんの謙虚さと共に、本気の念をいっそうに感じました。クリエータの方ならではの心が込められ、感動しました。

・アニメ上映会

今回の披露会は、全20話の内、圭介の生誕から幕臣に登用されるまでの1〜13話が放映されました。残る7話は今後仕上げられていく予定で、秋頃に完成予定とのことです。

スタッフの方々が、「けいすけじゃ」を心から尊重され、半沢氏の世界観を何よりも大切にしておられることが、作品から伝わってきました。
当時の少年漫画の雰囲気の半沢氏のタッチを、現代のアニメ調に、違和感無く、かつ丁寧に移管しておられました。作業の緻密さ、技術力の高さに敬服です。

アニメは注がれる労力が非常に大きいですが、その分、他の媒体では到底不可能な、圧倒的な説得力と影響力を持っています。

RIMG4510.jpg

純平じいちゃん。背景の本棚の質感も凄い。
他に色々素晴らしいシーンはあり全てご紹介したいぐらいですが。アニメに見入っていた為全く写真は取れませんでした。


なお、アニメの製作の様子は、山本新聞社さんの上郡民報のサイトでもご紹介されています。2010年7月号から毎月、「アニメけいすけじゃ製作日誌」ということで、坂本さんが生き生きと、現場の様子や大変さを伝えてくださっています。これも一つの貴重な記録ではないかと思います。スタッフルームの岩谷落書きが素敵です。

この日配布されたクリアファイルには、けいすけじゃのシーンなどが貼られていました。20種類を超えるそうです。中には今日のみのオリジナルもありました。

こちらは今回特製、坂本さんの手によります。

chibikeisuke2.jpg

萌え殺されるかと思いました。

もとい。こうした心づくし一つ一つにも、心打たれました。

アニメの原画展は、5月15日日曜日まで、上郡郷土資料館で展示されています。日数はもう少ないですが、お近くの方で未見の方はぜひ足を運ばれてください。
アニメは5月16日から、上郡はじめ赤穂などのケーブルテレビで放映される予定です。

また、没後100年式典の様子は5月14日土曜日9:00からサンテレビで放映予定との事。

ひとまずここまで。当日の資料館や原画展まで感動を一つ一つお伝えすると、1年あっても足らない気がします。

あと、青森りんごジュースの差し入れをくださった、東京都のM様、ありがとうございました!会場のスタッフの皆様といただきました。大変恐縮なのですが、おそらくHNでご存知の方かと思います。お礼をさせていただきたいので、どうかお名前を教えていただけますと幸いです。

posted by 入潮 at 07:20| Comment(4) | TrackBack(0) | 幕末明治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

星亮一「大鳥圭介―幕府歩兵奉行 連戦連敗の勝者」感想


星亮一氏「大鳥圭介」(中公新書) の感想です。

結論:
読まなくて良いと思う。
「南柯紀行」「われ徒死せず」等を読了済の方は、読まないほうが良いと思う。

理由:
・資料の重ね合わせがなく、考察が一面的・浅い
・思い込みによる事実との齟齬、根拠のはっきりしない記述が多い
・時系列がおかしく誤解を招く
・焦点の合わない余計な記述が多い
・人物への敬意と誠意が感じられない

まず、本書で強調されている「連戦連敗」「戦下手」を否定したい。

帯・サブタイトル、前書き:「幕府歩兵奉行、連戦連敗の勝者 」「負けてなお」他、本文中でそこかしこに出てくる。

この二つは、小説などの作品では大鳥を修辞するのに都合がよく、必ずといって良いほど出てくる。新撰組や会津藩を持ち上げる必要のある創作なら仕方が無い。しかし、「大鳥圭介」を題名に挙げた事実を述べる新書で、しかもタイトルでこれを掲げられると、物申さざるを得ない。

大鳥は小山・武井村三連勝、藤原、木古内一次戦、七重浜等の戦闘でで勝利している。重要な戦闘で敗北しているが、複数の不利な条件が組み合わさった結果である。大鳥の判断ミスも中にはあったと見なせるが、敗因をはっきりと大鳥が「戦下手」である為としている評は、信頼できる当事者のものには無い。連戦連敗とタイトルで蔑まれる謂れはない。

なお、著者は大鳥圭介伝の安藤太郎の評を挙げ、文中にも頻出させている。安藤は大鳥と戦場で共に戦ったことは無い。戊辰戦争後戦に、戦について語りたくもない大鳥が、自分は連戦連敗だったと謙遜したことを、安藤が間に受けたものだろうと推測される。

実際、当時の記録には、以下の通りある。
「沈勇にして大度あり、且文武兼備の人なれば当時の豪傑」(もしほ草)
「構成の巧なる事実に感嘆に堪えたり」(中外新聞)
「大鳥の戦略神のごときを褒めぬものはない『大鳥は実に戦上手だ。我々は負けても恥でない』野津七左衛門」(西郷隆盛評伝)
「全戦闘を通じて、官軍の敵の中で一番すぐれた指揮者の一人であり、彼が指揮するところでは、どこでも、その名は大敵とみなされた。彼こそ他の誰よりも官軍の進軍を食い止めた。若松では勇敢な天才であることを示した」(ヤングジャパン)
「大鳥、韜略に通じ、機略群を抜く」(戊辰戦史)
「性正毅豪膽韜略に通じ、善く兵を用い、幕府八萬の旗下中、稀に見る處の人物なり」(会津史)
「作戦の巧妙愈神秘の極なり」「大鳥圭介、部下を指揮して部署堅く、頑強勇邁、列戦奮闘、砲銃弾の運用巧に妙を極め」(慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史)

大鳥の能力の高さについて記した史料は枚挙に暇がない。著者はこれらそれぞれの記述を勘案することなく、安藤太郎一人の言を自分の決めつけの根拠にしている。

P59「大鳥は余計な戦争をして多くの部下を失う結果になった」P71「大鳥の戦略は軽薄のそしりを免れなかった」

こう著者は記述しているが、それらは的外れな誹謗である。大鳥が常に戦を避けようとしていた。敵が攻めてくるから止むを得ず戦ったという事は、南柯紀行を追えば一目瞭然である。壬生を攻めを以て上の指摘を著者は行っているが、壬生攻撃の決定は、江川塾の知己だった壬生藩の大砲奉行友平自身が、官軍の本隊が到着するから壬生を攻めよと勧めてきた事に由来する。大鳥の参謀の柿沢が壬生攻めに反対したのは弾薬不足だからと述べられているが、これは違う。少なくともその根拠の「北戦日誌」にはそうは書かれていない。小山の戦いが終わった後に、著者は弾薬不足を何度も述べているが、弾薬不足が顕著なったのは壬生安塚戦の後、4月24日の宇都宮の防御戦以降だった。
また、脱走の元々の目的は日光に拠って天下の趨勢を見定めることだった。日光で拒絶されたのは、まず日光の食糧不足、それから土佐の工作、板倉侯の弱気など、様々原因がある。(なお、食糧不足は、この直前に会津藩士が駐留して食糧を消費してしまった為) 。日光に向かったことを軽薄と批難するのは筋違いだ。

また、今市戦についても、沼間との確執を上げて大鳥の指揮が悪いと印象付けている。この著者に対する反論は、著者が何度も引用している「北戦日誌」で、浅田が行っている。

「軍費及び糧餉輜重ことごとく会津より送る所にして、又幕人の指揮に耳及びがたき事あり。これ脱籍浪徒の真に歎する所なり。後世、みだりに拙策と云うなかれ」

この言は著者の目には入らなかったのだろうか。

上のような浮薄な言葉で大鳥を定義されるのは、迷惑に感じる。

次に、前書きから「大鳥流処世術」とやらをテーマとしていることに物申したい。

タイトルの「連戦連破の勝者」とは「(戦闘は)連戦連敗だったが(処世術においては人生の)勝者」という主旨なのであろう。

上郡の方からも「イヤミなタイトルですね」と不評だった。

P186「大鳥は使節団に同行を希望し」P188「大鳥は伊藤にぴったり寄り添い」P191「大鳥のしたたかな一面」「大鳥は岩倉使節団にしっかり自分を売り込み」P233「大鳥は伊藤に食い入る。その当たりは大鳥の得意技だった」

などと本文中にも随所に記されている。著者は、大鳥が伊藤の腰巾着のような描写で、大鳥の猟官行動がさもあったかのように作為的に描いている。しかし、これらに根拠は一切無い。少なくとも大鳥が伊藤に地位の周旋を頼んだような記録は、私の知る限りは無い。大鳥を世渡りの名人として、あること無いことを度々作り上げ書いている事には、怒りを覚える。

大鳥は自分から岩倉使節団に売り込みに行ったのではない。ワシントンで使節団から吉田・大鳥一行が電信で呼び出されたのだ。イギリスでは大鳥と宇都宮が一ヵ月半怒涛の工場見学百数十箇所を行っていたが、その内伊藤が18日間同行したことは確かであり、その経緯は「われ徒死せず」でまとめられている。しかし、伊藤にぴったり寄り添ったなど表現される根拠は各資料にも私は見たことがない。

大鳥は、公務以外に工業新報の出版など私的活動に精を出した。風邪を引き陸軍省の公務を休みながら「興国三策」を書き上げた。工部省官僚が内務省の範疇の領分を侵してでも、水利により民力を高めるために「堰堤築法新按」を翻訳し出版した。明治の大鳥の抱え込んでいた仕事量を見ても過労死寸前でもおかしくない。「大鳥は自分で仕事する男にて局長には不向き」と品川弥次郎が伊藤に書簡で記した通り、むしろ愚直に仕事をしている。
職務に精励し、各方面に必要とされた。出世はその結果に過ぎない。

上のような描写は、大鳥に対して失礼極まりないばかりか、的外れな教訓を読者に与えている。

人物に対する失礼さは、ある派閥を全て一括して決め付ける著者の書き方に顕著に現れる。例えば、P ii「幕臣はどれも意気地がなかった」。最後まで官軍に抗おうとした幕臣の隊には、幕府七連隊、草風隊、撤兵隊、彰義隊、衝鋒隊、陸軍隊等がある。恭順者には恭順者なりの覚悟があった。当代の幕臣たちをまとめて「意気地がない」などと罵れる根拠は一体何なのだろうか。

著者は人物に対して誠意を欠いていると感じざるを得ない。早乙女貢のようにあからさまな表記こそは少ないものの、とかく実在人物の功績を軽視しているのが目立つ。批判したいならしっかり根拠を示すべきだが、その根拠が見られなかったり、的外れな決め付けだったりする。

元々、この著者の著作は実在人物に対する礼を逸したものが多かった。過去作に比べれば本書は大分軽減されているとは言えるが、それでもその傾向は頻繁に目に付いた。

一方で、評価できる所もある。
あとがきではP231「大鳥が持つ東洋的な心」と、大鳥の漢文・詩文の素養の高さを挙げた。またP232「大鳥のように兵学を究めた司令官には、十分な兵員と装備の仲で戦わせたかった」「大鳥にはインテリの弱さがなく、決してぶれないことだった」、P188「大鳥は若い頃からなんでも真剣な態度で学び、徹底的に研究した。一回の学者が幕府歩兵奉行に選ばれたのも、他の人には真似のできない追求心の賜物だった」と記した点は、全くの同感だ。

しかしそれらの点も、他の部分のマイナス点が大きく、本書全体としては上のようなネガティブな評価になってしまった。

その他、上理由の根拠になる記述を何点か記してみます。
戊辰部分も、疑わしくソースは?と問いかけたい記述、時系列が変、根拠が無いまたは誤っている、誤解を招く記述などが多いですが。すでに多くの方が指摘されていると思います。
ここでは主に明治政府出仕後の七章・八章より抜き出します。


P182 「岩倉使節団のメンバーはひどいものだった。特に理事官が問題だった…専門知識は皆無だった」

公文書館の大使書類原本大使全書に「理事官」として明記されているのは、陸軍少将山田顕義、侍従長東久世通禧、司法大輔 佐々木高行、戸籍頭 田中光顕、文部大丞 田中不二麿、造船頭 肥田為良の六名。

長州の山田顕義は後、司法大臣、陸軍中将、日大・国学院大の学祖、伯爵。
土佐の田中光顕は後、陸軍少将、警視総監、伯爵。土佐の佐佐木高行は山尾の後を継いで工部卿、侯爵。田中不二麿は尾張出身で、後、司法卿・大臣、伊・仏の全権公使、子爵。肥田為良(浜五郎)は長崎海軍伝習所を出て江川塾の教官だった。後、工部大丞、海軍少将、横須賀造船所長。

錚々たる顔ぶれであろう。この理事官達を「ひどいもの」「問題」「専門知識皆無」と罵ることができる著者は、一体何者なのだろうか。この当たりを見直して同じことが言えるのだろうか。

使節団メンバーの随筆や記録から、随行者の面白おかしい失敗談だけを抜き出してこのように決め付けたのことも推測されるが、著者はこの前で「理事官」を定義している。
失礼ながら、こういうことを安易に決め付ける著者の専門知識こそが皆無ではないかと感じざるを得ない。

P184「吉田清成の『公債発行日記』に…」

吉田の日記名は「七分利付外国公債発行日記」。公債は通常内貨による。今回は外国公債、或いは外債と標記すべき。また、外債発行にも明治3年の九分利付と今回の七分利付があり、区別する必要がある。また、引用するなら、吉田の記録を収録している「明治前期財政経済史集成」をまず当たるべきだろう。

P185 「ニューヨーク・ワシントンでは吉田の交渉も難航した」

吉田一行が米国から英国に向かったのは、欧州に比して米国の利子が高かった為。米国で九分利子で発行しようとしたが、日本本国から許可されなかった。吉田の交渉が難航したからではない。人の能力のせいであると誤解を与えかねない表記は避けるべきだろう。

P181 「今回の仕事は海外市場で外国債券を募り、殖産興業についての財政資金を得ることだった」

明治6年外債発行の主目的は、歳入の1/3に及ぶ士族の秩禄処分。つまり、武士をリストラするための退職金調達のため。余剰金は鉄道鉱山資金にも適用される予定であり、実際は外債調達資金は家禄奉還者に対する産業資金としても交付されたので、殖産興業に関らないないこともないが。殖産興業のみを目的として表記するのは誤り。

P189「大鳥は開拓使の黒田清隆の配慮でアメリカに残って」P190「大鳥の勉強代は開拓使が負担していたのだった。黒田は実に面倒見のよい男だった」

著者が根拠にしているのは、大鳥から開拓使への経費支払い依頼の書簡だが、これ対する開拓使の返答はあっただろうか? 私は見つけていない。確かに滞在費の幾分かは開拓使から支給されたと見られる。しかし、一通の大鳥の依頼書簡のみで、特に米国戻り以降も開拓使から資金が全て拠出されたと断定するべきではない。

明治6年11月、黒田は「速二太平洋ヨリ帰レ」と大鳥に帰国を命令している。(北海道公文書館 米国滞留大鳥圭介帰朝二付電報ノ件)。大鳥は524円の借金をして滞在を延長した。後期は大鳥が自分で借金をして滞在費をまかなっている。この借金は大鳥が後の給料から返済している。開拓使の黒田がパトロンであり続けたかのような描き方は、実に不適当である。

P189「(吉田清成は)人当たりが良くないこともあってか閑職が長く、十分な才能を発揮することなく」

吉田に失礼だ。
吉田は米国特命全権公使として条約改正の土台を作り、農商務省次官、また理財家として力を尽くした。多忙を極める省の次官や外交官の頂点である米国全権公使を「閑職」などと決め付けられるとは驚きだ。著者は一体どれ程に偉大な役職を経られた方なのだろう。

P190「(本多晋証言)僕はなに降参したって殺されやしないと思っていたといわれた。大鳥様は大胆な人だった…」「大鳥のしたたかな一面が出ている証言である」

資料の重ね合わせをせず、一発言のみで人物の性格を決め付ける著者の書き方が顕著にここに現れている。
これが事実と異なることは、様々な根拠から断言できる。大鳥は死を覚悟していた。同じ「大鳥圭介伝」で、死を覚悟した三度のことの第一に、降伏の時を挙げたことが書かれている。「獄に下って以降も確かに極刑を期していた」と大鳥自身の南柯紀行の言葉がある。 降伏時「砲は裂け艦は摧け吾が事終る、幡然衆に代わってこの躬を殺す」他、いくつもの、死を覚悟する漢詩を詠んでいる。 「今よりは 世を捨つる身」と獄中でも身の終焉を和歌でも詠んだ。 「我々を誅戮して自余の脱走人を寛典に処したまえ」と獄吏に告げている。 「死生の境」では大鳥らは赦免の直前まで死罪か釈放か知らされておらず、今日首を取られるか明日斬罪になるか「血も枯れる思い」だったと述べた。
大鳥は本心を隠し、周囲を安心させる為に強がるパフォーマンスがいくつも見られる。負けて笑って帰って来たのも、「敗戦は実に実に辛い」と後年本心を語った。「殺されやしない」は、本多晋に対する強がりだろう。

P193「軍部は完全に薩長で占められており、旧幕臣の出る幕はなかった」

旧幕臣に失礼だ。
この明治八年時点でも、津田真道四等出仕、西周四等出仕、澤太郎左衛門少丞、榎本道章七等出仕、揖斐章歩兵科大佐、小菅智淵兵学寮少教授(中佐相当)、大築 尚志騎兵科大佐、武田成章大佐兼兵学大教授、松本順軍医総監、赤松則良海軍少将、肥田濱五郎主船頭など、軍部に居る旧幕臣は羅列可能。松本や赤松に至っては、省トップクラスの勅任官。これで「完全に薩長」で旧幕は「出る幕はない」という評価を行う著者の判断基準が、私には理解できない。彼らの活躍を蔑ろにしている。

P194 「明治八年十一月三十日、山尾の後任として工学頭に任命された」

大鳥は6月25日にすでに工学権頭兼製作頭に就任していた。

P195「山油は石油、阿膠は接着剤、木醋はタールである」

木醋とタールは違う。乾留して得られる抽出物のうち水蒸気が冷えて水状となった上澄み部分で酢酸を含むものが木酢。それを除いた黒いドロドロした油状の部分が木タールである。木醋編では、酢酸としての木醋の生成・利用方法が述べられている。また、阿膠も、大鳥は大工の使う木材の接着剤として以外にも他に用途を上げている。
全てデジタルライブラリで自宅に居ながらにして参照可能であるのに、著者は、自分が紹介する著作の確認もしていないのだろうか。

P197「石油と鉄鉱石は駄目だったが」

駄目と決め付けられる謂われは無い。
官業の石油開発事業は、明治政府財政の縮減のあおりで中止になったが、八橋油田など当時の油兆地から採掘は続けられ、今も年間86万kL、全体消費量の0.3%と小規模ながら採掘は継続されている。戦後も帝国石油(現INPEXに統合)が長野県中部から新潟県上越まで国内採掘を続け販売していた。
鉄鉱石は、釜石鉱山が古くから官営で操業。コスト高で払い下げ時の処理は大変だったが、1993年まで鉄鉱石産出を続けた。岡山の柵原鉱山も明治15年から採掘開始、八幡製鉄所に原料を供給して日露戦争を支えた。
これで駄目と断定できる根拠は一体何なのだろう。

P204「このときの大鳥の処理の仕方は、いささか問題だった。大鳥はもともと芸術家ではない」

教師フェレッチに生徒が抵抗した問題において。すぐにフェレッチをクビにできなかったことでそう断定するのはいかがなものか。大鳥が芸術家ではなかったから問題対処が遅れたというわけではない。指摘は的外れだろう。あえて言うなら、契約の前に面接を行って人物評価をしっかりと行っていなかったことを指摘すべきだとは思う。履歴書は幾らでも化粧できる。しかし、外国人相手の事前の直接インタビューは経費と時間を要し、可能としても現地領事館などに代行を頼むしかなかっただろう。大鳥の責に帰するのは不適当。また、外国人に対する雇用契約の効力がどれ程強いか。雇用契約の撤回と補償にどれほどの労力と時間を要するか。お雇い外国人との折衝記録を読まずとも、少し考えれば気づくと思う。

P209 「賊軍が学習院長というのも不思議な人選だった」

不思議とする感性が不思議だ。明治初期で既に明治政府の1/3を旧幕臣が占めていた。明治18年にもなって未だに賊に拘りつづける理由は無い。明治も中期に差し掛かって賊、賊と論われる理由は無い。

P212「大鳥は侍従武官の片岡某と口論し、果ては格闘して殴打」

著者が引用している「われ徒死せず」では、「暴露新聞の記事であるが」と但し書きがある。平民新聞の記事はゴシップ記事であり、真偽は疑いの余地がある。

P213「大鳥の清国公使へ抜擢は伊藤が決めた。旧幕臣は派閥とは無関係であり、伊藤からすればそのほうが使いやすかった」

大鳥を清国公使に決めたのは伊藤単独ではない。大鳥に決まったのも旧幕臣だからだったのではない。大鳥に打診したのは伊藤と大隈重信の二人。他にも候補者は何人かあった。榎本が大鳥の意見も伺うべきと大隈に述べ、大鳥は不肖ながら引き受けたいと答えたから、大鳥に決まった。これも「われ徒死せず」に経緯がまとめられている。大鳥が候補者だったのは旧幕臣だったからではない。清国や他アジアについての論考を大鳥が学士会院などで公演していて、当地に理解が深いからだ。

P228「『南柯紀行』は…明治四十四年に中田蕭村が編纂し、宝文館と誠文館から発行されたものである」

南柯紀行は中田蕭村が編纂したものなどではない。
「明治四十四年中田蕭村なるもの大鳥男爵家の承認を得ずして幕末実戦史の名称の下に、南柯紀行と衝鋒隊戦史とを併せ編纂して上梓したることあり、然に該書中文章は中田氏に於て随意に筆を加え、かつ誤謬脱落甚だ多く、しかのみならず、詩歌の如き文字相違のためほとんどその体をなさざるもの数多あり。これおいてか当時大鳥男爵家より出版関係者に対し、その不都合を咎め、談判の結果、漸く初版限り絶版の事にて交渉を終れり」と山崎有信氏が述べている。山崎氏が原本の写しと比較対照すると「訂正にあらずしてほとんど改悪せし箇所枚挙に暇あらず、かくの如きは実に故人に対し敬意を失するものと云うべし、故人の迷惑察するに余りあり」とまで述べている。

著者の承諾を得ず勝手に手を加えまくってタイトルを変えて出版し、あまりの誤謬の多さに大鳥家が絶版の要求をし、伝記を書いた方が「故人の迷惑察するにあまりある」としたような人間を「編纂者」と呼ぶべきではないだろう。

結論:「大鳥の魂を貫くのは、やはり幕府への義であったと思われる」
帯:「最後のサムライ」


大鳥を知る者が一目で変だと思う記述を、帯や結論に持ってこられても困惑するより他はない。
大鳥は、阿波藩→江川塾→幕府→左院→開拓使→工部省・内務省→元老院→外務省と、それぞれに尽くした。何故幕府のみへの義が結論になるのか理解不能。
「最後のサムライ」にしても、映画で有名になったフレーズで、当時の武士なら誰にでも通用するような汎用ラベルを大鳥にも貼って終わらせて、一体大鳥の何を見てきたのか、と思う。


以上、パラパラ捲っただけでもこれだけ出てきました。細部まで一々挙げていると、何日あっても足りません。

「連戦連敗」「戦下手」は、星亮一氏のみが論っていることではなく、過去幾多もの作家によってこの点が描かれてきました。良くも悪くも、大衆的な表記といえるでしょう。これについては、星氏のみを責めるわけにもいきません。

ただ、明治部分の大鳥の記述は薄いと感じざるを得ません。「われ徒死せず」や他者の著作のつまみ食いのような記述だったり、本質的ではない外国人の経歴を延々と述べたり、大鳥の言をそのまま何ページを抜き出してページ数稼ぎをしているようにしか見えない箇所が多いです。「大鳥圭介」と題する著作を出版するなら、少なくとも大鳥についての一次資料を自分の足で当たり、分析や考察を根拠と共に記すべきではないのかと思います。

あとがきでこの本を書くことができたのは「われ徒死せず」に出会ったことであると著者は述べておられます。しかし、上のように「われ徒死せず」をきちんと読みこんでいるとは思えない記述がどうにも多かったです。

戊辰戦争部分も、細かい所では時系列がおかしく、根拠が誤っていたり、誤解を招く表記が多いです。そして的外れな思い込みで人を批判しています。「大鳥圭介」と題するなら、大鳥の行動をメインに描くべきと思いますが、著者が良く知っている藩の内情に詳細に筆を振るって枚数を消費しています。結果、大鳥の行動の部分も浅いように感じられます。

繰り返しになりますが、評価できる点ももちろんあります。
母成峠陥落後の大鳥の会津における苦闘が記されたことや、「ここは降伏としゃれ込もう」の台詞が書かれなかった点は、良かったのではないかと思います。(この逸話は、大鳥はじめ当事者の誰の記録にも出てこない。明治の終わりになって偉人百話などをはじめとした逸話集で出たもので、創作性が高い。)

それに対しても、上の「理由」で挙げた点において、苛立ちと怒りを覚える記述が多く、相対的にマイナス点が大きくなります。大鳥ファンの方にとっては、精神衛生上好ましくないので、手に取らない方が宜しいかと思います。

上の記述では、著者に対して大変な失礼があったかと存じます。
書評においては感情的な表記や贔屓は抑えるべきですが。誤った根拠で故人を貶されると怒る人間がいるということを示すために、今回はあえてこのように記させていただきました。同じ段に落ちてはならないですが、故人への礼が感じられない著者に対する失礼は、止むを得ないと考えます。

その他、自分の無知・解釈間違い・読み違いによる失礼の段がありましたら、ご指摘いただけますと幸甚です。如何様にもお詫び申し上げます。

没後百年で、普通の本屋に流通し、一般人の手に届く形でこのような新書が出版されたことには思うことが多いですが。「大鳥圭介」という名前に興味を抱いてくれる方が増えるということは、素直に喜ばしいことではないかと思います。


posted by 入潮 at 06:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 幕末明治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月17日

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irisiomaru ネパール電力公社は、明日5日からの計画停電時間を1日14時間から11時間に減少させると発表。これはありがたい。最近雨が降っているからか。去年は5月30日に計画停電時間を12時間から6時間にしたとの事。去年に比べれば水はまだ少ない。ただ雨期が早くなると工事が困る。二律背反。 at 05/05 15:31

irisiomaru 5月5日の神戸新聞西播版で没後百年の記事。「アニメは蘭学や西洋砲術を学び江戸幕府の旗本になるまでを描いた第1部を上映」、「欧米の産業視察の際、1ヶ月半で数十箇所もの工場を見学した逸話が紹介。大鳥は好奇心旺盛な"現場人間"、海外の技術や産業を日本に定着させることにもこだわり続けた」 at 05/05 15:47

irisiomaru 星氏の中公新書大鳥圭介。あまりに物申したいことが多すぎて、神経が鑢で削られる思いです。「これ何て罰ゲーム」と仰った方がいました。私は「これ何て拷問」と言いたい。 at 05/06 23:56
irisiomaru 画像の印刻は「紅信」と判明。上郡の古老吉田實氏にご教示いただきました。ミニ資料館の猪尾塾長によれば、他の大鳥書画にもあるとの事。安心しました。しかし何ゆえに、大鳥が紅信。また謎が増えました。 at 05/06 23:59
irisiomaru http://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000001105060001
「地元偉人アニメ化 大鳥圭介没後100年」、朝日新聞も。「大鳥の生家が崩壊寸前になった3年前、地元住民でつくる「生誕地保存会」の活動によって町も注目」と。 at 05/07 00:02

irisiomaru 星氏の著作で最も腹に据えかねるのは、その時代を必死に生きた人々に対して失礼過ぎる事。駄目とか戦下手とか知識皆無とか取り入ったとか才能を発揮しなかったとか出る幕はないとか。事実を深く検討しないまま決め付ける。自分勝手な思い込みで安易なレッテルを貼り付けるのは本当に勘弁してほしい。 at 05/07 02:34
irisiomaru @beads_amuse 正直、「南柯紀行」や「われ徒死せず」を読まれている方なら、わざわざ時間とお金を費やさなくて良いと思います。小さい間違いやミスリードもやたら多いですし。他に良い本は山とあります。怖いもの見たさでしたら、古本か図書館で十分という気がします。 at 05/07 12:31

irisiomaru 浜岡原発停止による代替電量供給に、「関西電力からの融通」がある。その関西電力は全国一原発依存率が高く、電力量ベースで年により52〜56%が原子力由来のエネルギー。地震が怖いからよその原発からエネルギー買いますということなら、原発にNoと言う抜本的な手段にはならない。 at 05/07 13:10
irisiomaru 原発反対なら、デマンドサイドマネジメントで、原発無しで我々は生きていくと行動で示すのが筋かと思う。産業界は20%削減を打ち出した。民生も一人一人が電力量消費を2/3に、ピークを半分に抑えれば良い。自宅の電気料金徴収票を確認して、今月の消費電力を去年の同月の半分に減らす事を目標に。 at 05/07 13:17
irisiomaru 電気は、使用者にとって最も便利でクリーン。一方、最も効率が悪くインフラ整備も必要な、最も贅沢なエネルギー。原発と電力会社を悪者にする事で正義の使者を振舞うのは良いが。一人当たり他国の何十倍も電気を湯水のように使い、それを当たり前と思っていた消費者一人一人にも咎が大きい。 at 05/07 13:29
irisiomaru なお、民生の電力量の1/3はエアコン。1/3はテレビと冷蔵庫。1/3がその他。給湯も大きい。乱暴なことを言えば、エアコン又はテレビ+冷蔵庫を使わなければ、産業需要も同比率で何とかすれば、原発不要になります。原発取りますか。エアコン取りますか。 at 05/07 13:34
irisiomaru 我が家はエアコン・風呂・TV無し。使用電気は容量順に電子レンジ、炊飯器、コタツ、冷蔵庫、照明、モニター、扇風機、PC、プリンタ、Wii、ルーター、各種充電。1ヶ月在宅したとして消費電力量50〜100kWh/月。ピークは1kW以下。平均でこのレベルなら民生は原発不要かと思います。 at 05/07 13:41
irisiomaru なお、ネパールでは14時間計画停電、太陽光パネル+インバータ、バッテリーの残容量と格闘、冷暖房何それ、日没まで照明無し、冷蔵庫は電気の無い間は開けない、ご飯は鍋で炊く、暖かいシャワーは晴れた日のみ(ソーラー温水)。日本で皆これをやるなら、民生部門は水力と少々の火力でいける。 at 05/07 13:45
irisiomaru 産業部門のほうが電力需要は大きいので、産業需要を下げないと民生でいくら減らしても解決しないのも事実ですが。産業の動力減は経済力減に直結する。その分民生で頑張りたい。便利で安全で快適な生活は守られるべきです、原発は怖いから嫌です、では、何も成り立ちません。 at 05/07 13:56

irisiomaru 出発が一週間延びました。命も伸びた思いです。ということで念願のJINの続きを読んでいます。ネタバレありの実況中継をしてみます。 at 05/07 22:45
irisiomaru コレラや麻疹の脱水症状に与える水。「水三合にあら塩半つまみ、黒砂糖一つまみ、梅酢」 そのまま、経口補水塩ORSです。あら塩と黒砂糖というところで、塩分と糖分のほかミネラルも。梅酢はクエン酸。これは非常時にも役に立つ知恵になります。 at 05/07 22:48
irisiomaru ペニシリンの急ぎの培養を、醤油作りの職人に行わせるアイデアも良いなあ。発酵食品作りと培養は確かに同じような工程。ここに醤油作りヤマサの当主濱口儀兵衛を持ってくるのがにくい。儀兵衛は1645年のヤマサの初代当主ですね。ヤマサはネパールでも売られていました。ある意味、日本の顔です。 at 05/07 22:52
irisiomaru 洪庵先生…「あれを消失させてしまったら、天に対する大罰」「あなたの孤独をこの洪庵に分け与え下さい」四巻、最高だ。洪庵先生の日記や書簡や書き物から伺える人徳を、さらに昇華されている。素敵過ぎる。 at 05/07 22:56
irisiomaru おっと、七代目浜口儀兵衛が濱口梧陵なのか。「稲むらの火」で安政南海自身の津波から村人を誘導して救う。後、広村堤防を建造する防災土木工事を行った。これは公共事業ではなく私財による。知らなかった。こういう人物の発掘も描き方も、練られているJIN。400両集めで試すのも良い。 at 05/07 23:09
irisiomaru 吉原の影、梅毒スピロヘータの次のターゲットが、堕胎による感染症・敗血症とは。えぐすぎる。 at 05/07 23:23
irisiomaru 新門辰五郎親分。「江戸開府依頼大火とい割れるものだけで百回以上起こっている。大体二年半に一度の割。江戸っ子なら一生に何べんかは焼け出されるのが普通だ」 東京はそもそもそういう土地だったと改めて気づいた。親分の迫力も重い。実在人物が絶妙です。 at 05/07 23:28
irisiomaru 「この時代に生きて死のう」 …いい言葉です。タイムスリップものは、最後はなんらかの形で現代に戻るパターンがありますが。果たしてJINはどうなるか。恋人に振られ待っている人がいないのが、他にないポイント。 at 05/07 23:45
irisiomaru 山田純庵など引き立て役や主人公の手術を邪魔する悪役はオリキャラ。しかも派閥は某御家門と名前すら明らかにしない。堕胎の中条流はさすがに良くない描写でしたが。水銀の使用や川柳など、描き方にも根拠があります。こういう作り方にも、誠意があります。 at 05/08 00:11
irisiomaru どの時代でも人は悩みを抱えながら生きている。外科医の経営難が課題とはまた渋いターゲットを。と思いきや。え、京都、新撰組?このまま江戸で幕府陸軍に呼ばれる夢は、所詮かなわぬ夢だった。ただ新撰組があの羽織でなく、沖田がヒラメ顔の肖像そのままという拘りは結構素敵。 at 05/08 00:39
irisiomaru せごどんの腹毛が、見て描いたように凄くリアルだ。フィラリア説があるとは知らなんだ。ピュアすぎるアップに胸がきゅんとした。 at 05/08 00:57
irisiomaru 江戸戻った、良かった。京都の血なまぐさい動乱より、ほのぼのした日常における真剣な取り組みのほうにこそJINの味があると思う。脚気エピソードに涙が出た。かあちゃんに電話するかな。親不孝してごめんよう。 at 05/08 01:22
irisiomaru 12巻。楠本イネの芯のある強さがまた素晴らしい。しかし読んでいるほうが痛くて苦しくて失神しそうだ。イネはゲストキャラかしら。レギュラー化してほしい人物です。 at 05/08 03:16
irisiomaru 面白い漫画との出会いは人生の幸せの1つです。13巻。茶貿易の先駆者大浦慶は知らなかった。こんな女傑がいるとは幕末女性史も頼もしい。長崎限定役かしら。残念。そしてビッグフェイス高杉が登場。止まらない。 at 05/08 03:47
irisiomaru 次は神経毒…。そして眠気に敗北です。また後日続きをやりたいと思います。おやすみなさい。 at 05/08 03:58

irisiomaru 上郡の吉田氏と猪尾塾長に、日本初のダム技術書、堰堤築法新按の序文を解読していただいた。何ぞ必ぞ世上の経綸を補せんや、とか最後が熱い言葉で、読めなかった中盤が前から気になっていた。すると、确野為水付荊榛功、其短訳及千畦潤。荒地を山林には良いとして。短い訳本どころではない大作だ。 at 05/08 19:52
irisiomaru 後、前から疑問だった横浜語学所のフランス留学候補者「歩兵差図役頭取 歩兵頭並介圭介厄介弟」大鳥貞次郎の正体を、かの幕臣研究者樋口雄彦氏が明らかにしておられた。明治4年の兵学少教授荒井貞介(宗懿)と同一人物とのこと。しかし何故に荒井貞介が大鳥姓を名乗り厄介弟とまでされたのかは、謎。 at 05/08 20:01
irisiomaru また、獄中大鳥に差し入れをしていたのは、荒井宗道ではなくこの貞介であろう、宗道は子の時期大阪に赴任しており、差し入れを行えた可能性が低いとの由。そして、宗道と貞介(宗懿)は兄弟だった可能性が高い由。いずれにせよ、興味深い関係人物です。 at 05/08 20:05

irisiomaru JIN15巻。「醫の世に生活するは人の為のみ。唯己を捨てヽ人を救はんことを希ふべし」ああ洪庵先生。これを主人公の座右の銘にしてくださるのが嬉しい。これ、フーフェランド訳の扶氏経験遺訓からですが。緒方先生の価値観と信念そのものです。 at 05/08 21:46
irisiomaru なお、「扶氏経験遺訓」は早稲田大学図書館の古典籍総合データベースでネット閲覧可能。素晴らしい。ブラボー早稲田。しかし肝心の付録がどこだろう。確か「扶氏経験遺訓」は全30巻で、データベースには28巻しか見当たらない。 at 05/08 21:55
irisiomaru む、JINで家茂死去。ということは、慶応2年7月。そして横浜へ。同年9月から太田陣屋の幕府陸軍伝習開始。ということは! at 05/08 22:03
irisiomaru ホスピスの女郎。うわべだけ蝶よ花よと称えられ、梅毒に冒されれば使い物にならず忌み嫌われてごみのように捨てられる。そしてこれ以降も「からゆきさん」という壮絶な存在が日本人の海外進出史の影に生じます。言葉もありません。
…あ、果敢無い夢でした。横浜伝習隊。 at 05/08 22:29
irisiomaru おおっと、ロッシュがクローズアップ。栗本鋤雲来るかな? あとパークスが似すぎて、常に国益虎視眈々な眼光まで再現されていてすごいや。 at 05/08 23:01

irisiomaru 学習院大学史料館、4月8日から6月11日まで「工部美術学校と学習院明治の視覚革命」 http://www.gakushuin.ac.jp/univ/ua/new.html 工部美術学校教師と出身者の作品、図画教科書や生徒達の作品、松室家に伝来する江戸時代絵画を紹介。 at 05/11 00:45
irisiomaru 松室重剛は工部美術学校でフォンタネージやジョバンニら御雇い外国人教師から西洋画法を学び、当時としては最新の方法を学習院に導入。江戸と明治の絵画を比較し、明治の視覚革命を体験できるひとつの機会に、との由。場所は北二号館1F。無料。…出発までに時間が搾り出せるか、それが問題だ。 at 05/11 00:48

irisiomaru 荷造り完了。週末からブータンへ。ブータン入りする唯一の航空会社Druk Airの荷物超過料金制限は非常に厳しい。プリンタ、スキャナ、検査機器をスーツケースに詰め込んだため、私物の多くを諦めた。化粧品より薄口醤油を取った。化粧しなくても死なないが薄口醤油がなければ死ぬ。 at 05/13 01:44

irisiomaru 再生可能エネルギーのポテンシャルを設置可能場所面積などから算定し、何kW導入可能とするのは簡単だけれども。実際そのうちの何%が現実的コスト的に実現可能なのだろうか。政府主導で補助金を入れてどんなに頑張っても民間・家庭が行う以上、1,2割程度が限界という気がする。 at 05/14 09:56
irisiomaru 原子力の代替は当分殆ど火力に頼るしかないが。日本の原子力容量4572万kW、稼働率7割、原油必要量0.248K/kWhとすると、原子力代替に必要年間原油量は347百万バレル、100$/バレルとすると原油費用だけで2.8兆円/年。東電だけでも1.2兆円/年。 at 05/14 10:01
irisiomaru 原子力を止める為、電力量ベースで火力、再生可能エネルギー導入、節電の組み合わせでどの割合でベストになるか。ピーク電力で、ピーク時間の節電他、昼休み時間や工場操業時間のシフト・延長など運営部分での対策効果でどこまで対応できるか。財源と現実的手法とデータに基いた代替計画が見たい。 at 05/14 10:21

irisiomaru JIN読了。慶応3年の京都から戊辰戦争が舞台になり、JINらしさが薄れて少々残念だった。画力があるからチャンバラの迫力も凄いけれど、パターン化してしまった観がある。今井信朗の描き方も残念。ここまで実在人物を大事にして来たのだから、今井本人の肉声も考慮されてほしかった。 at 05/14 10:23
irisiomaru 初期から坂本龍馬はメインキャラだったが。ビッグネームは脇に徹したままのほうが、丹念に庶民を見つめたJIN本来の良さが出て良かったのではないかと思う。娯楽歴史ファンへのサービスは必要で、JINがドラマ化するまでヒットした要因はそこもあるだろうから、作品戦略としては成功ですが。 at 05/14 10:24
irisiomaru そうしたモヤモヤを吹き飛ばすほど、ラストの構成は素晴らしかった。程よく謎の残る伏線の纏め方にすっきりした。アフリカ仁の続編も見たいと思った。ペニシリン耐性の緑膿菌をラスボスにしたのも良かった。どこにでもいて日和見感染を起こす常在菌だからこその、畏怖がある。 at 05/14 10:26

irisiomaru 現在バンコク。うう眠い。空港で夜明かしの上、飛行機が5時間遅れました。
EastサテライトCの奥に体を伸ばして眠れる椅子がある。EFGのどれか忘れたが、West側にも一つそのコーナーがあった。あとDの三階にリクライニングシートがある。バックパッカーにやさしい空港になりました。 at 05/15 11:15

irisiomaru 出かけ前に急ぎ、星亮一「大鳥圭介」の感想をブログに入れました。もっと言葉を選ぶべきだったですが。あやふやな根拠で人物を蔑ろにすると怒る人間がネットの隅に居るということは明確にしたほうが良いだろうと思いました。勿論確たる根拠があれば批判は教訓にもなるし、行うべきことですが。 at 05/15 11:17
irisiomaru 大鳥ファンの方は読まない方が良いと結論付けましたが。一方で、ファンの方にこそ読んで声を上げて欲しいという観もあったりします。戊辰戦争も細かい所で突込み所満載でしたが、あえて触れませんでした。既に触れて下さった方ありがとうございます。 at 05/15 11:19

irisiomaru ブータン首都ティンプー着。相変わらず美しく厳しい国です。一昨年拡幅したばかりの空港からのハイウェイが既に何箇所も斜面崩壊を起こしている。斜面保護のない突貫工事だから仕方がないが。どこも直しながら使っているという感じ。今年の雨期も、国中の道路が厳しそうです。 at 05/15 20:08
irisiomaru ネパールに着いた時はネパール系ブータン人ばかりだなと思い、ここに着いたらチベット系ネパール人ばかりだなと思う。そして国が違うと頭を切り替える。国境=民族の境ではない。これがイコールな日本のほうが地球上珍しい存在なのだと思う。日本で大和民族ばかりだ、などと思うことはありえない。 at 05/15 20:11
irisiomaru ネパールの計画停電で、回りの電化製品のW数を確認するのが癖になった。そして傍らのオイルヒーター2.5kWにたまげた。この国は売るほど電気がある。というか国家収入の4割がインドへの売電による。山国の水力発電。自然エネルギーを収益源にできる国だからこそのGNH(国民総幸福度)。 at 05/15 21:23
irisiomaru ネパールでは100W以上の電力を使うことに罪悪感を覚えた。ブータンではいくら使っても水力だから気は咎めない。無論、節約できればその分インドの火力を代替できブータンの収入になるから、節電するに越したことはないが。同じ山国でも国と政治の主導でここまで電源開発状態が違うかと愕然とする。 at 05/15 21:30

irisiomaru @tukaohtsu 戊辰戦争編があるのなら // 戊辰は17巻以降だったかと。主人公御一行は京都に行きましたが、江戸から北上はしませんでした。装備や服装はしっかり調べられていて流石でした。伊庭八郎が格好良く描かれたり、彰義隊が乱暴物化したり、ピンポイントな目の付け所でした。 at 05/15 21:49

posted by 入潮 at 02:16| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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