2012年10月03日

英国周遊5日目 エディンバラ その1

5日目 9月21日 エディンバラ Edinburgh 晴れ

大鳥は、明治5年9月5日〜9月15日に滞在。Royal British Hotel泊、MuseumにてArcher教授の案内で製品模型を見学、化学の質問をする。Castel(エジンバラ城)、劇場、Carvain製紙局、Whisky製造処、India Rubber Work, North British Rubber Company,へ行く。日曜日に伊藤、林、フランドンと共にQueen's Driveと海岸を遊行、Linseed Oil、MayfieldのBlackfield House、Book Letter Thin, 大学、Museum、J.Nelson&Sons書籍刊行場、Young Palaffine製造場を見学した。10日間の滞在、英国滞在の中でもひときわ盛り沢山の行程だった。

● グラスゴー→ エディンバラ列車

・ グラスゴーセントラル駅より。CrossCountry社の列車使用。PC用パワーサプライあり、有料ながらWifiあり(1時間2£、2時間2.5£ほか、長時間セットも) と、良いサービス。

・ ネットで予約時に、進行方向の座席かどうか、静かな席かどうか、テーブル席かどうかを指定できる。予約時に用いたクレジットカードを、駅の券売機にいれ、ネットで予約した際の予約番号を券売機のタッチパネルで入力すると、チケットが入手できるというシステム。

・ グラスゴーからエディンバラまでは約1時間。エジンバラはハイマーケット駅と中心のウェイバリー駅が二つあり、グラスゴーからは先にハイマーケット駅に着く。降りてしまいそうになるので注意。なお、ハイマーケット駅近くにB&Bがたくさんある。ウェイバリー駅周辺は高く混んでいるので、ハイマーケット駅近辺に宿を取るのもひとつ。

・ 途中、羊や牛の広大な農場を走り、牧歌的な風景。

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CrossCountryの車両。

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車窓から、途中に見えた風力発電。恐らくWhitelee Windfarm。http://www.whiteleewindfarm.co.uk/ 2.3MW風車x16機 = 37MW と、ウィンドファームとしてはまずまずの規模。


● エディンバラ 町並み

・ ドラクエ3の城の名前(エジンベア)の語源にもなった。期待を裏切らない、中世〜近世の町並みが圧巻。田舎者の観光客は大切な収入源の街なので、「いなかものはかえれかえれ!」とは言われない。

・ 1707年にイングランド王国とスコットランド王国が合併。それまでスコットランド王国の首都だった。

・ 城があるだけ、街は坂が多く立体的。地図では交差している通りにすぐに曲がれず、延々遠回りしなければならなかったりする。荷物多い時はあらかじめ詳細地図で検討しておくほうがいい。

・ やや猥雑な感あり。道路の歩道、特に脇道は清掃が行き届いておらず、異臭のするところも。

・ スコットランドの首都。アイデンティティのタータンチェックアイテムにあふれている。

・有名観光地だけあり、ハイシーズンはホテルが高価で混み合う。早目に予約しないと苦労する。

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駅南側から、上の通り(North/South Bridge St)に出るための階段。

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町並みはまさに日本人のイメージする中世欧州。


● エディンバラ大学

・ Old Universityと称されるだけあり、設立は1583年。現在の建物は、1789年に建築家Robert Adamが設計し、1816年にWilliam Playfairが引継いだが、資金不足でしばらく設計通りには完成しなかった。ドームが追加されたのはかなり後になってから。なお、19世紀末に医学部など収容するNew College が建設されている。

・ ダーウィンやアダム・スミス、マクスウェル(電磁波)、ベル(電話)、コナン・ドイル(小説家)ら各分野の著名人を輩出した。アメリカやカナダの様々な大学・学部のモデルとされた。この大学自体が一つの歴史。

・ 大学内に Talbot Rice Gallery がある。 現代美術アートを展示している。

- 触手にしか見えない木のような物体とか、政治家の頭をつけた犬猫とか。どうも何が芸術なのか理解しがたい。

- ほか、Sir James Erskine of Torrie (1772-1825) によるTorrie Collectionもある。 作者不明な、19世紀より以前のスコットランドの風景画で見事なものも多い。

・ エジンバラ国立博物館とは、かつて同じ敷地内だった。大鳥も木戸も訪れている。

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エジンバラ大学

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触手にしか見えない現代アート。


● エディンバラ国立博物館

・ エジンバラ大学のすぐ隣。大鳥も木戸も訪問した。彼らを案内したり、後の工場見学のための紹介状を書いてくれたアーチャー教授は、ここの館長だった由。

・福本龍先生の「大鳥圭介の英・米産業視察日記」(以降、「産業視察日記」と称す)では「Royal Scotish Museumと考えられる」とあるが、現在は National Museum of Scotland という名称。

・ 内部の展示は、Science と Scotland の歴史に大きく分かれる。

・Scienceは他の博物館とあまり変わらないが、規模が大きく広範で楽しめる。チベットの鎧や、アシカの腸から作ったイヌイットの防水服、アイヌモシリの装束用具まで、巨大恐竜化石、望遠鏡など。

・ スコットランド史関係の展示物はこの博物館が最も豊富かと。特に19世紀の世界をリードした産業技術の説明・展示が豊富。

・ 1870年代のテレグラフあり。大鳥や使節団はこれらを使って電信したのかと思うと感慨深い。余談ながら、エディンバラ出身のグラハム・ベルが電話を実証したのは1876年2月14日で、彼らの英国滞在の4年後。

・ 各年代の船模型あり。1861年のBarque, Star of Indiaは船首から船尾まで帆マスト式だったが、1873年のJames Aitken製造の模型では模型式帆装、蒸気機関積載 (Screw Steamer Consolation)になっている。この短期間における変遷の大きさを物語る。

・ ほか、蒸気機関車、ウィスキー醸造、灯台、製紙(スコットランドの製紙工場一覧なども)、印刷、パラフィンなど。

・ 大鳥が9月15日に訪問し詳細なメモを残したYoung Palafine製造場は、"Bennie Museum, Bathgate" が詳細な展示を有しているとの旨、展示に説明あり。

・ スコットランドの誇るケルビン卿の展示も、用いた器具の電圧計、検流計、ストップウォッチ、マイクロスコープ、や授業風景など、豊富。

・ 図書室が併設されている。英国の博物館、美術館には大体図書室があり、キュレータの方が参照し展示内容を説明するための文献が収蔵されている。歴史、アートについて専門的な内容が多い。ほとんどどの場合、一般人も利用できる。調査目的の場合、展示そのものより得るものが多い。興味のある展示物の内容につき、詳細を補完するのも可。

・図書室はグラスゴーはじめスコットランドの歴史の古い文献が豊富で、開架で参照できる。Annodom による "Old Glasgow 1894" が、当時のグラスゴーのエッチング画を豊富に蓄えていて大変よい資料。

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エディンバラ国立博物館内部。建物、壁、柱一つ一つが麗しい。

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柱時計の装飾。虫がリアルすぎて気持ち悪い。

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恐竜に象に猛獣に。見た目のインパクトも練られている。

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スコッチウィスキーの蒸留槽。大鳥もWiskey製造場を見学した。

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灯台の模型。

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灯台の硝子光源部。大鳥はマンチェスターのChanceで見学し、詳細に記録している。

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19世紀製紙場のリスト。残念ながら大鳥がアーチャー教授と共に訪問したCarvain製紙局はリストに見当たらず。

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1870年代のテレグラフ。大鳥や使節団はこれを用いて本国と通信した。

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パラフィンキャンドルの型枠。

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大鳥の訪問した Young Paraffin についての説明書きのある展示。博物館は常に全ての収蔵品を展示しているわけではなく、多くは別の館に貸し出したり、倉庫に眠らせたりしている。

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ケルビン卿の電圧計

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1850年代の帆船。

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1870年代の帆・蒸気機関併用船。この時期の帆船からの劇的な移り変わりが良くわかる。

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更紗のプリント型枠。大鳥はマンチェスターで更紗プリント工場を見学した。

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図書室のグラスゴー産業関係文献。岩倉遣欧使節団や大鳥らが滞在した1872年ごろの資料も豊富。


● エディンバラ中央図書館 Central Library

・ 建物が重厚で壮麗。この中で本を読み日がな一日過ごせるエディンバラ市民よ。

・図書館は1689年に設立という歴史の重さ。図書館の経歴について展示あり。

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外観。圧倒される建築物。以下に図書館という地の集積に重きが置かれているか判る。

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ティールームとショップ。休憩に丁度よく、良い時間が過ごせる。
タグ:英国周遊
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2012年10月28日

Twitter120927-121025


irisiomaru インチョン空港。ターミナル大きく、ゲート数多く、便数多数で表示に入りきらない。椅子は上質、トイレも清潔。Wifiも電源も無料。ハブになるのもわかる。韓国の国力を象徴している。しかしNAVERスペースのPCで日本語入力しようとすると凍るのは何の作為だ。 at 09/27 16:44

irisiomaru 空港ほど外国人への商品アピールに良い場もないのだから、日本も無料でハイスペックPCとWifiとDSとWiiを用意し、ゲームなり通信なりで遊んでもらえばいい。その場で撮影・動画アップかメモリに落とせるデジカメなども。それを用いた彼らは次には日本製品の良き消費者になる。 at 09/27 16:47


irisiomaru 大鳥圭介とか乃木希典とか武市半平太とか世良修三とか、不当に名誉を毀損された方々をしっかりと事実に基づいて描く、偉大な作家は現れないものか願ってしまいます。しかし事実だけを書けば、売れず影響力もないという、切ない事実。@tukaohtsu どれだけ司馬遼太郎に愛されたかが全てだ at 09/28 01:26


irisiomaru 帰宅。今回必携の大鳥産業視察日記。福本龍氏はこの執筆の為に英国を訪問された。「この1行書くのに何日、何万円つぎ込んだか判らん」との由。本来、調査研究とはそのようなもの。他人が書いた文献は自宅で読めるが。新たな発見は、自分で動き費用を費やして得られるもの。楽して追えるものではない。 at 09/28 01:28

irisiomaru 産業視察日記の記述に基づいて追った結果、些少ながらも発見があった。一番の発見は英国は今も日本の偉大な師であるということを実感したことだ。発見に満ちた良き本は、次なる発見を導く。素晴らしい著作を世に遺された福本先生に敬礼。 at 09/28 01:33


irisiomaru ラグーザの像のみちさんの写真はすっきりしたおしょうゆ顔で、結構長身なイメージがありそうです。三歩下がって歩いているのは、謙虚さやつつましさではなく、夫への気遣いでw @shishioriori もしみちさんが長身の方だったら、逆転してしまう訳で at 09/29 01:11


irisiomaru 「工手学校―日本の近代建築を支えた建築家の系譜―工学院大学」が面白い。工学院大学建築学部同窓会著。コンドルや渡辺洪基や妻木頼黄や石橋絢彦や中村貞吉や古市公威や大鳥圭介や榎本武揚などのクールなイラスト説明入り。写真・レイアウトもすっきりしていて良い。 at 09/29 01:18

irisiomaru みちさんの像は、現物は行方不明なのですが、像の写真が東京学芸大学のラグーザ特集展の図録に掲載されていました。もう終わった展示ですが、図録は問い合わせされるとまだあるかもしれません。http://t.co/qNnArQsl @shishioriori at 09/29 01:33


irisiomaru Delivering my sincerest condolence to the victims and related persons of Sita Air, Nepal. at 10/01 00:10

irisiomaru No matter how prevention methods are taken, accident couldn't be avoided. 100% sefety can be achieved by no social activity. Wrenching. at 10/01 00:18


irisiomaru ALOSだいち、2.5m高解像度陸域観測衛星、2011年運用終了していたのか。各国の地図作成、電力土木農業防災森林環境等、多種の開発計画でお世話になり大変役立ちました。天の上にある、縁の下の力持ちな衛星でした。今までありがとう。ALOS2,3に心から期待しています。 at 10/06 11:44

irisiomaru 土地利用図等は経年変化で追って意味のあるもの。ALOS運用終了でこれができないままなのは寂しい。永田町の生活には関係ないだろうが、世界の人の今後30年の生活インフラ設計の下支えとなるデータをALOSは提供してくれた。はやぶさ2も騒がれたが、ALOSに続く後継機を待ち望みたい。 at 10/06 11:49

irisiomaru 今更何を、的な呟きですが。国の一つ一つの事業に対する一般人の評価は、中々政策決定者まで届かない。しかし地に埋もれる幾億の呟きの一つでも、若しかしたら何処かに届き何かの力になるかもしれない。好きなものを好きということが次の何かを作るパワーになる可能性を、Twitterは呈している。 at 10/06 11:54


irisiomaru 表紙買いした「コレキヨの恋文」、面白かった!バブル崩壊後のデフレ。大正期と現在の恐るべき相似。そこに貨幣増・公共投資増で果敢なデフレ政策を実施し日本経済を立て直した高橋是清と、日本初女性首相の邂逅。何故現政府は過去に学ばぬのかとのメッセージを強く受ける。 at 10/20 18:36

irisiomaru 「コレキヨの恋文」著者三橋貴明氏 の論客ぶり。対韓国:http://t.co/uiUtx2at 対TPP:http://t.co/e26yI0PW こうしたメディア露出はどんどんやって欲しい。 at 10/20 18:52


irisiomaru 歴史と文学は全く違う。前者は事実の集積。後者は人間の頭の中の空想と想像と妄想の集積。大衆文学で存在感が大きいから、歴史でも評価されているとは限らない。二つは大きく断絶している。なのになぜ混同されることが多いのだろう。 at 10/20 19:31

irisiomaru なまじ文学のソースやモデル人物が歴史上にあって、しかもそれが歴史的事実だったという書き方をする小説家が巷に多いから。20年前はそれでよかったが現在は素人も自宅で資料を漁れるネットの存在が、二つをクリアに区分してくれる。現代人はいつも溢れる情報から事実判別能力を験されている。 at 10/20 19:35


irisiomaru Word日本語文で、段落頭一字の字下げをしてスタイルシートを設定した場合で、「 」の会話文は字下げしたくない場合は、どうしたらいいのだろう。手作業で別スタイルにいちいち行なうしかないのだろうか。小説家の方などどうされているのだろう。そもそもスタイル組むのが間違っているのか。 at 10/21 14:48

irisiomaru この方にこそ歴史小説を書いていただきたいと思う方は、創作文学よりまず事実の歴史を重んじる方で、そういう方はそもそもほとんど小説を書かないという、アンビバレンツ。 at 10/21 15:57

irisiomaru 丁寧にご教示ありがとう!DTPでなくPDF化までしかしないので、DTPソフトとの整合は考えなくていいのですが、本来そこまで考慮せにゃならんのね。大人数の原稿を一つにまとめる編集で一括設定できないから、スタイルは必須なのです。手作業は私が死ぬ…。@matsukar at 10/23 00:17

irisiomaru この辺もテキスト入力ルールとして作っておくのが良いのだろうな。国語の教科書みたいになって敬遠されそうか。申し込み要綱も催促しないと送って下さらない方もいる。細かく書いたところでまず読んでもらえない。これが嫌ならそもそも企画するなという話。結局手間をかけるしかない。 at 10/23 00:24

irisiomaru あらゆる趣味のイベント事をボランティアでされる主催の方には頭が下がります。自分が参加者になる場合はできるだけ主催の方の手間にならないようにしたい。結局定められた手順、ルールに従うのが一番、主催も参加者もみなが楽しめる。ルール外、手順外はそれだけ負荷になり、主催のモチベを下げる。 at 10/23 00:31

irisiomaru だから何かを企画する場合は、如何に規格外が生じるかを想定して、後で自分がうんざりしないようにルールと手順を作るかが鍵。自分のモチベを保つのも自分次第。 at 10/23 00:35


irisiomaru 読売新聞10月22日地方版「大鳥圭介の人物像に迫る 生誕180年記念 出身・上郡で企画展」 上郡郷土資料館で12月2日まで開催中。「大鳥が政府軍や部下の若者らを死なせた自責の念をつづった漢詩」「大鳥の心の内面に迫る展示」 これは見たい。 at 10/23 00:43

irisiomaru 同じく10月22日神戸新聞「大鳥圭介の人柄にじむ 本人の漢詩など史料20点」こちらはWebに記事あり。http://t.co/65bpdCIe 地球1/4周赤道直下では見ること叶わないが。図録は手に入れるぞー。 at 10/23 00:53

irisiomaru おっと、神戸新聞のほうは既にいろんな方がツイートしておられますね。今回は上郡4回目の大鳥圭介書画展。フォーラム入れると5回目か。注目度が上がってきて嬉しい。上郡町さんの継続・発展の尽力に敬礼です。 at 10/23 00:58

irisiomaru 9月25日兵庫県主催西播磨歴史再発見フォーラム「武士もののふのこころ息づく西播磨」に、上郡町さん・ミニ資料館の方々でご発表、播磨学研究所長基調講演でも、赤松円心、赤穂浪士と共に大鳥圭介」の功績が語られた由。公式舞台で学術的にも存在感を高める上郡町さんの活動に頭が下がります。 at 10/23 01:08


irisiomaru おお、そのチェックボックスは入れたことがなかったです。何のためにあるのか不思議でしたが、疑問が解けました。@matsukar at 10/23 01:36

irisiomaru やるかやらぬか。選択はその二つしかありません。やったかやらなかったか。結果はその二つしかありません。善きご趣味ですなぁ。@ktosawa at 10/23 13:25


irisiomaru 「宇宙兄弟」映画。原作の空気と雰囲気を非常に大切にして忠実に再現すること自体が、貴重なオリジナリティだと実感した。俳優さんたちが原作キャラそのもののなんともいえないユーモアと度量を醸し、拍手。原作から逸脱させキャラ崩壊させることをオリジナリティと勘違いした映画とは一線を隔した。 at 10/24 03:54


irisiomaru 司馬遼太郎への評価が高い人に対する評価が低い。#歴史クラスタのわけのわからない常識 at 10/24 23:18

irisiomaru 「司馬遼太郎を愛読していましてな」(うわ、出た…)(司馬の名前出せば偉くみられると思ってる勘違いな輩は何故こう多い)(逆効果だっつの)「いい御趣味ですね…」「君は読んだことあるかね」(勘弁しろ…) #歴史クラスタのわけのわからない常識 at 10/24 23:26


irisiomaru 皇居名称の変遷メモ: 慶応4年10月13日(旧暦)の天皇江戸到着により「東亰(トウケイ)城」、翌明治2年3月28日(旧暦)天皇の再度行幸により「皇城」、1888年10月27日に明治宮殿完成で「宮城(きゅうじょう)」、1948年7月1日に初めて現在の「皇居」の名称になった。 at 10/25 00:57

irisiomaru すると、会津戦争の頃から函館戦争の新政府蝦夷地攻略開始までの一時期だけ、江戸城が「東亰城」と呼ばれていたのか。この名称がどれだけ一般人に馴染んだのかは分からないが。箱館にいた方々は新聞で見て笑い飛ばしていそう。なおトウケイの名称は明治10年頃迄の公文書によく見られる。 at 10/25 01:02

irisiomaru と思うと、「東京城残影」http://t.co/Qd5pUq9c はしみじみいい小説だった。このほんの一時期に、数々の人々の生活を狂わせた旧幕臣の行動が切ない。 at 10/25 01:10


posted by 入潮 at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | Twitter | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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