2008年06月14日

福沢諭吉その3 拝金主義者

福澤諭吉の横領事件について。前回は悪く言って終わってしまったのですが、弁護がましい事も言ってみたいと思います。
諭吉は一応、反省というか、我が身は振り返っています。

「福翁自伝」より。福沢は、船の中で同行の尺振八と気があったのか、酒を飲みながら壮語快談していました。船のなかの酒は高価なのですが、これを公費で飲む。

「ソリャもう官費の酒だから、船中のことで安くはないが、なに構うものか、ドシドシ飲み次第食い次第で、颯々と酒を注文して部屋にとって飲む。サアそれからいろいろなことを語り出して、『ドウしたってこの幕府というものは潰さなくてはならぬ。(略)開国論を唱えていながら、その実を叩いてみると攘夷論の帳本だ、あの品川の海鼠台場、マダあれでも足りないと言ってこしらえ掛けているではないか。そんな政府なら叩き潰してしまうがいいじゃないか』」

この人、公務員の分際で、公務の出張中に、公費で船室で酒を飲み、しかもその政府を叩き潰せと高吟していました。幕臣として公に仕える者の倫理観が欠落している、困った人です。

というか、ことさら悪ブルって、自分がやったやんちゃな内容を格好良いことと勘違いして喧伝する、反抗期中学生に似た精神性を感じないこともない。

それにしてもこの時は、甲鉄艦受け取りのための渡航なので、時期は慶応3年。幕府の陸軍は英式、蘭式を経て陸軍仏式伝習も開始し、海軍は長崎の伝習所でオランダから学び、フランスからの借款で横須賀造船所のドックも着工している。

文久以前ならまだしも、慶応も後期、すでにお雇い外国人ありきで改革が進んでいる真っ只中で、幕府のどこに攘夷の影があるというのだろうか。外国方の幕臣(=外務省官僚)である福沢は、一体幕府の何を見ていたのだろうか。福沢の見方はまったく不思議です。この人は時々、世の中をとてつもなく的外れに捉えているところがあると思います。

さらにその幕府を、誤解しまくった挙句に潰してしまえと、アナーキーになる。

さらに。

「『全体今の幕府の気が知れない、攘夷鎖国とは何の極意だ、これがために品川の台場の増築とは何の戯れだ、その台場を築いた者はこのテーブルの中にも居るではないか、こんなことで日本国が保てると思うか、日本は大切な国だぞ』」などと公衆の前で公言した」

品川台場を設計したのは、上司の小野友五郎さんです。福沢は小野の前で、この的外れな批判を繰り広げていた。

これで終わっていたら、福沢という人物も底が浅いなぁ、という感じで終わるのですが。福沢が福沢たる所以は、次の発言です。

「このようなことは、私のほうこそ気違いの沙汰である。なるほど小野は頑固な人に違いない、けれども私の不従順ということも十分であるから、始終嫌われたのは尤も至極、少しも怨むところはない」

ここまで自分の行状を自分で繰り広げておいて、自分を「気違いの沙汰」と評しているのですから、これはもう確信犯です。誰もに覚えのあるような若気の至りを演じたかったのでしょう。そして、自伝を面白おかしくするために、多少の誇張も入れたのでしょう。

福沢の言動に時々ある的外しも、判っていながら、「幕府は因循固陋」というような世の中が望むようなレッテルをあえて強めるため、すなわち世の中に迎合するためにわざわざ外しているような感じもします。そのあたり、福沢は、階級や組織には反抗期なのに、世の中や世論には従順です。

この福沢の性質は、今のマスコミのありかたを彷彿とさせます。

それにしても、少しも怨むところはない、ですが、一見寛容な言い様にも見えるのですが。
「怨まれるべきはお前だ」と突っ込みたい。
この男の心臓にはよほどの剛毛が生い繁っていると思います。

良く言えば独立不羈、悪く言えば厚顔無恥。
部下にしたくない男ナンバーワン。

友五郎さんが、月代おでこに青筋を浮かべながら、ふるふる耐えている姿が、目に浮かぶようです。

なお、一方で福沢は、きわめて臆病な性質を持っていたりします。攘夷主義者の洋学者への攻撃を恐れるために、文久年間は夜道で武士に会うと逃げ出し、明治初年ごろは家の押入れに揚げ板を作って逃げ道を設け、明治5年ごろまで夜は出歩けなかった、ということも述べています。「上野から弾は飛んでこないさ」と堂々授業をやって同僚を嘲笑していたいた人間の、裏の姿です。

さて、「知られざる福沢諭吉」に戻ります。

明治に至って、福沢はしばしば、拝金主義ということで批判を受けます。著者は渡辺修次郎による「学商福沢諭吉」という著作を取り上げています。

福沢は、出版事業による利益を執拗なまでに確保しようとしていた。自分の著作の偽版に目を光らせていた。安政2年、福山藩の学校に立ち寄った際、学校施設よりもそこにあった自分の著訳書を主にチェックしていた。明治3年、帰省途中に大阪で「西洋事情」の偽版を、訴訟の証拠とするために買い集めた。

また、それら出版事業を慶応義塾の名を高めるのに利用し、塾生を獲得した。

これは、慶応義塾を、学問の権威とすることで、自分の出版物に権威を与えて後ろ盾としたことに繋がるでしょう。

福沢の拝金主義は若いころからだったようです。というか、金銭を卑しむ武士の出自で、金を有難がることにより世の中より一歩進んだ合理的な自分を振舞いたかったようにも見えます。福翁自伝より。

「あるとき兄が『お前はこれから先、何になる積りか』と言うから、私が答えて『左様さ、まず日本一の大金持ちになって思うさま金を使うてみようと思います』というと、兄が苦い顔をして叱ったから、私が反問して『兄さんは如何なさる』とたずねると、真面目に『死に至るまで考悌忠信だ』とただ一言で、私は『ヘーイ』と言ったきりそのままになったことがある」

これは適塾に入るより前の話のようですが。この頃から福沢は数学を学んでいたと自慢しています。単なる反抗期というか、悪ぶっているようにも見えます。このあたり、上士ではなく、日々の生活にかつかつな下士に生まれたために経済感覚が必要だったということで、自分の生まれの悪さを強調しているようです。

福沢は、自分の出自の低さをことさら示すことで、そのビハインドをものともせず自分はのし上がったのだということを誇りたかったのではないかと思います。

特に印象的なのが、著者の挙げている、明治6年に自分の家系を記した「福沢氏記念之碑」の撰文です。ここに「福沢氏の先祖は必ず寒族の一小民なり」という文を記しています。普通、源氏の平氏の桓武天皇のという、胡散臭い家系を皆作り上げるわけですが。わざわざ石碑に、自分は貧しい一介の民だとしているのは、それが福沢なりの「自慢」なのでしょう。

ここまで書いて、いまさら云うのもしらじらしいかもしれませんが。こうした福沢は、私は好きです。自分も生まれは悪いので、福沢が「自慢」したい気持ちはよく分かります。そして、福沢には、ただの小人物ではない、開き直った偽悪者の感性と、それゆえのしぶとさと動じなさがあります。それには何かと学ぶところが大きいです。

そして、福沢の好ましからぬ行状を明らかにしてきた著者も、同じように、福沢に好感を感じているのではないかと思います。それは、以下の文に明らかです。

「総じて言えば、福沢は、『商売』に徹し、営利を追求し、あえて『拝金主義』を実践することで、時代をリードしようとしたのではないだろうか。みずから『士族の商法』の模範となろうとしたのではないだろうか」

確かに全ての士族に福沢のような経済感覚があれば、士族の没落はずっと少なく、佐賀の乱や西南戦争といった悲しい事件も起こらずにすみ、士族授産の為に貧乏日本政府が余計な金をつぎ込むことは無かったのではないかと思います。ただ一方で、皆が福沢のように唯我独尊だったら、バブルの中国も真っ青な、血で血を洗うすさまじい経済闘争に突入したのではないかという気もしないでもないです。

福沢は人を惹きつけるタイプの人間だったということも著者は認めています。また、著者は福沢の文章はスラスラと読めるということにも着目しています。高校生の頃に福沢の文を読んでこのことに気づき、畏るべし福沢と思ったことを述べています。

確かに、福沢が福沢を明治の文壇の第一人者たらしめたのは、なによりこの文章のわかりやすさであると思います。福沢はこの極意を福沢に叩き込み恩恵を施してくれた洪庵先生を、「一旦文事に臨むときは、大胆とも磊落とも譬へ難き放胆家」と評して、非常に尊敬しています。福沢は、出版するものは下女に読ませて彼女が分かる文を作った、というエピソードを持っています。文章は、一般人にわかり易いものを、というのは緒方洪庵と彼の薫陶を受けた者たちの心するところでした。

ちなみに、大鳥はじめ、洪庵門下生に現代に通じる有名人が多いのも、この「分かりやすく文を作る」という特殊スキルを塾生が習得していたからではないかと思います。世の中、文書によって物事は進みます。説明でき、説得力のある文章を編める方が、出世するのです。福沢はそのスキルを、学を売って財を成す金儲けに用いたのでした。

ただ、福沢は、私利私欲の権化というわけでもありません。

著者は、明治24年の「士尊商卑」という福沢の文章を引用します。今の大商人は、金は持っていても志が低く国際社会に貢献していないということを嘆いているものです。

「我輩は国の生産のため、またその一身の利益のために、今の日本の資産家が大いに心事を改め、みずからその地位を高むるの覚悟あらんことを望むものなり」

これも棚上げだという気もしないでもないですが。福沢は、自分の行いが世評でどう受け止められるか、そんなことは百も承知だったと思います。それで自分の行いが、人々が利に聡くなり利益を得ようとするきっかけとなればいいという思いはあった。偽悪者じみているというか、悪びれない。単なるお綺麗な自己犠牲ではない、自分もしっかり利を確保し、かつ国の全体の利益をも追求した上でのことだから、好感がもてるのです。

福沢自身は聖人君子として歴史に残ろうなど、毛頭も考えていなかったのではないかと思います。


そして、最後に著者は、「福沢研究のかんどころは、主体的に云ってみて、福沢惚れによって福沢の真実には到底到達できないということである」と、歴史家の服部之総氏の言葉を引用しています。そして、「どういうわけか今日出回っている福沢諭吉の研究所は、ほとんどが『福沢惚れ』の方々による福沢礼賛タイプのもの」と、著者は指摘します。

「福沢惚れ」の主体者は、言うまでもなく、慶応大学のお歴々の方々ではないかと思います。創業者の社会的評価を高めることにより、大学の格と知名度を上げる。なので、慶応大学の研究者は「近代の偉人福沢諭吉」の像を飾り、イメージを作り上げて来た。そして、慶応大学にとっては福沢はいわば聖域なので、貶すことはタブーとされていたでしょう。これにより福沢は死後も自分のプレゼンスを高めつづけることができた。

さらに、福沢が時事新報というメディア手段を持っていたことも大きいでしょう。メディアが言えば日本人全ての認識を作り上げることができるのは、今も昔も同じ。福沢は、メディアと学閥という、近代社会を動かす二大要素を牛耳っていたといっても過言ではありません。

なお、現在は、慶応大学の生協書籍部は、この「知られざる福沢諭吉」を注目書籍として採り上げたそうです。学生を相手にする商売の目は、180度違う方向を向いているようです。


そうして、現在、福沢は日本国の最高額紙幣に、でーんとのさばっているわけです。

普通、一国の最高額の紙幣に採用される人物は、建国の王や革命の英雄や独立の父などといった、国の成立に無くてはならなかった重要人物が採用されます。米ドルのベンジャミン・フランクリンしかり、中国人民元の毛沢東しかり、インドルピーのマハトマ・ガンジーしかり、ベトナムドンのホー・チ・ミンしかり、タイバーツのプミポン国王しかり、ブータンニュルタムのウゲン・ワンチュック建国王しかり。

それで、日本円は何故福沢諭吉なのだろうかと、長い間疑問でした。

もしかして、拝金主義者福沢諭吉を最高紙幣に採用することにより、金と商業を崇めよという、日本国民へのメッセージを込めた、日銀と大蔵省(今は財務省)のジョークなのかしらと思ったりもします。

そうすると、一万円札を見るたびに、なんだか妙な闘志が沸いてきます。

いずれにしても、不必要に美しく作られてしまった福沢の姿を、より現実的な方向へ修正するきっかけを、この本はもたらしてくれたと思います。
そして、私は、偉人としての福沢より、拝金主義者で臆病者で偽悪者で自分の権益に敏感な、ありのままの福沢のほうが、ずっと魅力的であるし、学ぶところが大きいのではないかと思います。
タグ:福沢諭吉
posted by 入潮 at 06:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 幕末明治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
入潮さん
福沢諭吉シリーズ記事、大変興味深く読ませていただきました。
適塾出身者の中でも、ユニークな存在じゃないかなあ、と思っていましたが、やっぱり(笑)
本も面白そうなので、私も読んでみたいと思います。
紙幣の肖像人物は、最初大蔵案では10万円札が聖徳太子、5万円札が野口英世だったらしいです。
しかし高額紙幣の発行が見合わせになり、結果的に1万円=最高額紙幣となったそうです。
これも「らしい」のかも・・・
入潮さん、ご出張先でまさか大地震に巻き込まれたりしていないかと心配でしたが、お元気そうで安心しました。
体調を崩しやすい時季ですので、無理せずご自愛下さい。
Posted by ままこっち at 2008年06月21日 01:28
読んでくださってありがとうございます。
福澤は、一見特徴的に見えるのですが、実は日本人の大衆性を凝縮したような人間ではないかと思ったりします。権威好きも階級への反発もそうですが、日本人の好きなところをうまく付いてのし上がったという感じです。反面教師的に、色々と考えさせられます。
最高額紙幣は、どの国においてもその国の象徴的なものを掲げています。その意味では、福澤もふさわしいのかもしれません。ただ、あまり好ましい点ではないところの象徴なので、外国の方には非常に説明しにくいのが難点です。

ご心配ありがとうございます。ままこっちさんこそ、お忙しい毎日でしょうが、ご家族方々健やかにお過ごしください。
Posted by 入潮 at 2008年06月26日 12:32
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