2012年12月21日

新聞と大鳥男爵瀧の家



明治期の新聞を調べるのに、横浜市立図書館はかなり充実しています。
http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/library/chosa/theme/shinbun-meiji.html

無論、国会図書館が最も多くの新聞タイトルを所蔵し、頼りになります。「明治・大正時代の主な新聞とその参考文献(関東地域」として、詳細にまとめられており、お役立ちです。
http://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-700041.php

ただ、国会図書館は複写費が割高であるので大量複写は厳しいこと、マイクロフィルムリーダー機が古く複写の指定に専用用紙が必要で手間と時間がかかることなど、難点があります。その点で、目的が限られていれば他の公共図書館のほうが便利である場が多いです。

国会図書館は急ピッチで資料のデジタル化を進めていますが、新聞まではまだ電子化は及んでいません。マイクロフィルムをグルグル回して不鮮明な画像を膨大な記事数の中で探すのは、なかなかの骨折りです。

一方、自動巻き取り機能や、プリンタと接続しボタン一つで複写できる機能を備えたマイクロフィルムリーダーのある図書館では、記事探しや複写にかける時間もコストも労力も、かなり節約することができます。

新聞記事の閲覧をする際に頭が痛いのは、新聞の名称です。似たようなタイトルの新聞紙が、時代を経るごとに複雑怪奇に変遷しています。

例えば、日本最初の日刊紙「横浜毎日新聞」は、以下の通り変遷しています。
「横浜毎日新聞」明治3年12月8日〜明治12年11月16日
「東京横浜毎日新聞」明治12年11月18日〜明治19年4月30日
「毎日新聞」明治19年5月1日〜明治39年6月30日
「東京毎日新聞」明治39年7月1日〜昭15年11月30日 (帝都日日新聞に吸収)
「帝都日日新聞」昭和7年8月月〜昭和44年6月30日 (昭和19年4月〜33年7月18日まで休刊)

しかも上は、現在の「毎日新聞」とは別物です。
現在の「毎日新聞」は、明治5年2月21日に「東京日日新聞」として創刊、時事新報・大阪毎日新聞などと合同して、昭和43年に毎日新聞という名称となりました。
つまり、明治20〜30年代の「毎日新聞」と現在の「毎日新聞」は、系譜が全く異なる別会社です。ややこしい。

国会図書館は、新聞名称変遷を調べるためのデータベースすら整備しています。
http://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-534.php
おそらく職員の方々が、職務で整理されるために誰よりもこれを必要とされたのでしょう。


さて、横浜毎日新聞系列の会社は、編集者や執筆者に旧幕臣が多かったでした。まず、大鳥と坪井塾で同窓だった子安峻が初代の編集者。その後、妻木頼矩や島田三郎、そしてあの沼間守一が編集長、社長などに名を連ねています。また、毎日新聞時代には、『北洲新話』『感旧私史』など筆マメな戊辰戦争記録を残した丸毛利恒が記者として勤めていました。

よって、上の横浜毎日新聞系列は、明治政府で活躍する旧幕臣の記事が結構あります。榎本武揚の死去した際も、その事跡を伝える為、数日間特集が組まれました。

大鳥圭介も例外ではありません。(大鳥嫌いの沼間が生きていれば別だったかもしれませんが)。大鳥男爵薨去として、3日に渡り、葬式の様子や懐旧談の記事が組まれていました。

そのうちの一つが、以下の記事です。書き出してみます。
句読点の変更、常用漢字への変更など行っています。

______________

東京毎日新聞 明治44年6月18日
「大鳥男の面影 別荘瀧の家の自慢話」

記者が最初に大鳥男爵の茲で薨去された国府津の別墅瀧の家を訪れたのは、其庭に蜜柑の枝もたわヽに黄金色をなした頃であつた。

国府津穂鎮守の宮の華表を右に見て、小路を半町許り右へ一寸曲がると、節だらけの大木を騙乎と両方へ樹てたのが其の門。瀧の家と書いた表札は、ハテナ料理屋かと誰でも思ふ一構へ。庭か林か区別がつかぬ程。蜜柑の木が立並んで、ニスを引いた様な葉の色の間々に、例の黄金色。花許りかは、蜜柑は木に在る間は香が高い奥の小高い方から、紆余曲折つて小流の潺湲たる音。遠くで金糸雀(カナリヤ)の聲が聞える処に、家があるのだらうとは思つても、一寸何方だか見当が着かなかつた。

唯見ると垣根に向つて草をむしつて居る爺様(ぢいさん)がある。「少々伺いますが、大鳥男爵の御邸は此方でせうか」回顧いた爺様(ぢいさん)の顔をみると「ヤ、閣下」「オヽ御出か。彼方へ行つておいで、今即刻行くから」

此爺様には二度驚かされた。初めて遭った時にも這度工合であつた。男爵の海岸の別荘が海嘯に洗はれた時、国府津の停車場で後から肩を叩いて「大鳥男爵の宅まで何町あります?」と訊いた。其人が男爵であつた。

ダラダラ阪を登ると正面は中二階、左の格子戸を調子能く明けて、聲の主の金糸雀の籠の置いてある玄関で来意を通じると、中二階へ通された。其処は男爵の書斎である。

室中を見廻す間に手を清めて来た男爵。端然(きちん)と坐つて「御用は」と尋ねられる。用談が済むと、嘗て一度聞いた別荘のご自慢が実地に就いて始まる。

「御覧じやい、箱根足柄から斜に芙蓉峰、此柄の通りでえせう」と支持される間には、東久世卿の筆で太田同道灌の「我庵は松原つヾき 海近くで富士の高嶺を軒端にぞ見る」
實や一脈の街道、並木の松が数千頃の青田をかぎつて、其の向ふは白波翻る袖絵が浦。

「まだまだ見せたいものがある、此方へ」と伴はれる。浦座敷は高さ十条の不動が岡から一条の飛泉懸るを坐ながらにして見らるヽ「瀧の家」。流れの末は水車小屋に入つてコトリコトリ。

「どうでえす、別荘多しと雖、室に坐つて天然の瀧の見られるのは他にはあるまい俺(わし)が東海道一の別荘じやと云ふたは真実でせうが」

この東海第一の別荘で逝かれたのである。


________________


「爺様」にすべて「ぢいさん」とルビが振られているのがポイントです。

この記者佐々木某は、同じ事を二度繰り返しています。一度目は国府津の汽車の駅にて。大鳥男爵別荘への道をその辺の爺さんに尋ねたら、まさかそれが男爵だったとはと驚いています。そして二度目は男爵の別荘にて。別荘で草むしりしていた庭師か何かに、ここが男爵の別荘ですかと尋ねたら、まさか男爵本人だったとはと、また驚きました。

それだけ大鳥男爵が、男爵に見えなかったということなのでしょう。
大鳥本人も気を悪くしていないどころか、そうして惑わせるのをかえって楽しみにしているような節が感じられます。

山川大蔵からイザベラ・バードまで、「一見さほどの人にも見えなかったが…」「取り柄のないことが唯一の取り柄にみえたが…」と、第一印象に逆接の接続詞を伴って語られることの多い大鳥です。

大鳥は見た目で人を威圧する型とは正反対の人間でしょう。童顔で小柄。元々格式ばった家柄でもない。謙虚さとユーモアにあふれた性格。質素で現実的で苦労体質。そうした点が、偉い人に一見見えないことに起因していたかと思います。

おそらく、ぢいさんになる前も、若いころから繰り返されていたのでしょう。著名な洋学者の教授として江川塾の教壇に立った時も。練兵訓練を受ける幕府歩兵の前に現れた時も。脱走後に兵を使うこと肘が指を使う如しと云われた将として各隊の前に立った時も。元将軍の技術官僚としてお雇い外国人と折衝した時も。校長先生として工部大学校学生たちの前に現れた時も。清国韓国公使として日本の陸軍や各国の公使と相対した時も。

あれがあの大鳥…?と、出会う各人を惑わし続けたことではないかと思います。

さて、東海第一とまで称した、大鳥爺様自慢の滝の家。後年、徳川慶喜も好んで訪れた別荘です。別荘多しといえど、居ながらにして滝が見えるのはここだけ、と大鳥爺さんのご自慢でした。
故郷上郡から、幼少期に毎週週末、閑谷学校の寮から家に戻る山道20数km途中にあった皆坂の滝を偲んだのではと、上郡の方には推測されています。

花鳥風月を愛した、自然への畏敬と情緒を深く持つ如楓爺様らしい別荘です。
残念ながら、後年の新幹線などのインフラ工事で水脈が変わり、現在はもう大鳥が愛した滝は見る事はできません。

この別荘で息を引き取られた。葬儀には二千名以上が参列したとのことです。
大鳥圭介がその生涯を終えるのに、この上なく相応しい場所ではなかったかと思います。

親友たちを見送り、次男三男も先立つという不幸も晩年はありました。波乱万丈と言う言葉も尻込みするような人生の最後が、安らぎに満ちたものであったことを、この滝が見守っていたのだと思わないほかはありません。


タグ:大鳥圭介
posted by 入潮 at 06:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 幕末明治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
凄く失礼な事を尋ねますが
そもそも何故大鳥圭介を好きになって調べようと思ったんですか?
どうしても分からない。
Posted by 完子 at 2014年12月05日 03:34
>完子 様
産業も社会も日本の基軸を確かに作った偉人の一人で、人格も感性も人間として仰ぎ見る方なのに、フィクションで無能で嫌みな像が捏造され一般に流布している状態に、大きな違和感を感じたのが、最初のきっかけでしたが。
人間が人間に惚れるのに、大した理由はないかなと思います。
Posted by 入潮 at 2014年12月13日 10:27
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/309125608
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。